足を踏み出して

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#18

公開日時: 2022年1月16日(日) 08:31
文字数:985

 朱理が落ちついたのを見計らって、キスをやめる。


 顔を離すと朱理は、赤らんでいる顔を隠すようにそっぽを向いた。


「無茶苦茶だよ。舌を噛み切られたら、どうするつもりだったの?」


「そこまで考えてなかった」


「キス、初めてだった」


「ごめんね、強引に奪っちゃって」


 朱理は、首を横に振り気にしていない素振りを見せる。


「円佳も初めてだったの?」


「私は、初めてじゃない」


「付き合ってる人がいるんだ」


「付き合ってる人はいないよ。付き合ってる人がいたの」


「ふられたの?」


「ふったに近いかな。自然消滅っぽかったから」


「そうなんだ…」


 まずいことを聞いたと思ったのか、朱理は語尾を弱らせる。


「まぁ、ふられて未練があるよりかはましだよ」


 朱理を励ますように、軽くおちゃらけて話す。


「ねえ、恋って素敵?」


「分からない。今は友達と遊んでる方が楽しいから」


「私は…」


 朱理はそこで言葉を止め、私から視線を逸らした。


 開きかかった心をまた閉ざしてしまったのかと心配していると、朱理は恥じらいの表情を浮かべ、私の顔をチラッと見た。


「なに?」


 朱理が怯えてしまわないように。かと言って、朱理を格下相手に扱わないように、優しく声をかける。


「私は、円佳の友達かな?」


 朱理は、顔を真っ赤にしている。


「友達だよ。それも、大切な友達」


 考える間もなく、私は即答した。


「うん…ありがとう」


 嬉しそうに、朱理が笑った。


 そんな朱理に手を差し伸べると、朱理は一瞬躊躇して、唇を噛み締めてから私の手を握った。


「ほら、大丈夫じゃない。今の朱理は、凄く優しい目をしてるよ」


 手を握っても、朱理は暴れずに落ち着いたままである。


「だって、キスをされた相手だから、キスをするのに比べたら、手を触れるぐらい」


「それもそうだね」


「円佳の手って、暖かい」


「朱理の手も、暖かいよ」


 私達は見つめ合って微笑み、そのまま手を繋ぎ保健室に戻った。


 ◇


 机に向かい、目的のない受験勉強をしていると、睡魔に襲われてきた。


 少し休憩しようとBGM感覚でかけている音楽に耳を傾け、椅子にもたれてしまったら、いつものパターンどおり眠ってしまうだろう。


 同じ鉄を踏まないように、椅子にもたれずに立ち上がった。


 お風呂に入って、目でも覚まそう。


 一度お風呂に入り髪を洗っているので、髪を濡らさないようにダンゴを作る。


 お風呂に入る支度を進めていると、携帯が鳴った。この着信音は舞からの電話を伝えるものだ。

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