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#08

公開日時: 2022年1月16日(日) 08:05
文字数:1,006

 ここまでは、塚本先生には関係のない話なので部外者である。問題はここからだ。


「塚本先生に、演劇部の顧問になってほしいんです」


 頭を下げ頼むと、塚本先生は『頭を上げて』と言った。


 頭を上げると、塚本先生は複雑な表情を浮かべていた。


「森永さん達がやろうとしている事は立派だし、素敵だと思う。出来るなら協力したいと思うわ。でも、私は保健の先生だから、長い時間保健室を空ける訳にはいかないのよ。


 劇の稽古は、放課後に行うものでしょ。けれど、放課後は部活で怪我をした生徒が治療に来ることが多いの」


「名前だけでもいいんです。演劇部に顧問がいると記されているだけでいいんです。絶対に問題を起こしたりしません。絶対に、迷惑をかけませんから」


「そうね…」


 塚本先生は、顎に手を当て考え込む。


「…分かったわ、ほとんど顔を出せなくていいのなら、顧問になります」


「本当ですか!」


「その代わり、もしも部内で問題が起こったら、逐一報告して。練習とかには顔を出せないけれど、無責任には引き受けたくないの」


「そう言ってくれると、助かります」


「私に迷惑をかけないように、問題が起こっても隠しておくのは駄目よ」


「はい、みんなにもそう言っておきます」


 良かった、断られるかと思ったが、熱意を持って頼めば願いは叶うものである。


 私にとって、顧問の先生は誰でもいいのではなく、出来れば塚本先生になってもらいたかった。


 塚本先生なら、定期的に顔を出せたとしても、生徒の自主性を尊重してくれる感じがする。なまじ演劇をかじった先生を顧問にしてしまったら、ああではない、こうではないと芝居を押し付けられ、稽古がつまらなくなってしまう。


 交渉が終わったので、視線を朱理に移す。


 朱理は、無表情で私を見つめていた。


 塚本先生と交渉する私を、朱理はどんな気持ちで見ていたのだろう? 人を傷つけないように、行動範囲を保健室のベッドだけにしている朱理にとって、活発に行動を起こす私は、どう見られているのだろう?


「朱理は、劇に参加しないよね?」


 朱理の元に移動し、駄目元で聞いてみる。


「うん…」


「メンバーは私の友達だけだから、事情を話せば仲良くしてくれるよ」


「みんな、良い人なの?」


 意外にも、話に乗ってきた。取り付く島がないほど拒否されると思っていたので少し慌ててしまう。


「自慢できるぐらい、良い人揃いだよ。そりゃ、欠点もあるけど、性格は保証出来る」


「なら、尚更一緒にやるのは無理だよ」


「どうして?」

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