昨日、暴力沙汰を起こしたと打ち明けた時も、こんな感じだった。
「ちょっと、カオルと二人で話をさせて」
舞とるんの返事を待たずにカオルの手を取り廊下に出て、水飲み場に移動した。少し教室から離れているので、小声で話せば教室の二人は聞こえないだろう。
「舞と一緒に今を楽しむなら、どうしてもカオルの過去を知ってもらわないといけないと思うの」
あまり二人を待たせたくない私は、単刀直入に切り出すと、カオルは思いも寄らない返しをする。
「よし、その作戦でいこう」
「えっ? 嫌じゃないの?」
「過去の話をされたくない演技をしたほうが、私の過去に重みが出るかなと思って。どう? 主演女優賞ものでしょ?」
呆気に取られ、何も言えなかった。昨日、誰にも言わないでと言っておきながら、この明るさはなんなんだ。
「ごめんね、円佳。朱理の話をするはずだったのに、私と舞の喧嘩になっちゃって」
「そんなの、いいよ。朱理のことは今度話せばいいし、このまま舞が忘れてくれれば、それはそれで好都合」
「でも、私は朱理を私達の輪に入れてあげたいな」
「こればかりは、問題が舞だけにあるわけじゃないからね。舞が朱理を嫌うより、朱理が他人との接触を拒む問題の方が大きいよ」
「理想は高くってことで」
「そうだね…じゃ、そろそろ戻ろうか? 廊下に連れ出したのは、過去の話をしていいか聞きたかっただけだから」
「私は、教室に戻らないでこのまま帰るよ。私がいない方が、なおさら過去に重みが出るから」
カオルの声が、少しだけ震えていた。過去の話をされたくないと、私に対して演技をする必要はない。そうなると、さっき『主演女優賞ものでしょ』とおどけて見せた方が、演技だったのかもしれない。
本当に過去の話をされるのが嫌で、教室で瞳を潤ませた。その事を私に気遣わせないように、おどけてみせたのかもしれない。
「私は、帰るよ」
そう言って背を見せ小さくなっていくカオルを、引き止めれなかった。
静寂の中、カオルの足音だけが規則正しく鳴り響き、しばらくすると足音は消えた。
気を引き締めて、教室に戻る。
一人で教室に戻ると、待っていた二人は疑問に満ちた視線を投げかけてくる。
「ちょっと長話になるけど、聞いて」
疑問に満ちた視線は、カオルはどうしたのだろうというものだと分かっているが、その疑問に対し明確な返答をせず、自分のペースで話を進める。
昨日聞いたカオルの話を、なるべく正確に話した。記憶力が良いほうではないし、盗み聞きしている後ろめたさで冷静さを失っていた為、どこか抜けている部分があるかもしれないが、出来る限り正確に話す。
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