足を踏み出して

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#36

公開日時: 2022年1月27日(木) 09:43
文字数:1,062

 昨日、暴力沙汰を起こしたと打ち明けた時も、こんな感じだった。


「ちょっと、カオルと二人で話をさせて」


 舞とるんの返事を待たずにカオルの手を取り廊下に出て、水飲み場に移動した。少し教室から離れているので、小声で話せば教室の二人は聞こえないだろう。


「舞と一緒に今を楽しむなら、どうしてもカオルの過去を知ってもらわないといけないと思うの」


 あまり二人を待たせたくない私は、単刀直入に切り出すと、カオルは思いも寄らない返しをする。


「よし、その作戦でいこう」


「えっ? 嫌じゃないの?」


「過去の話をされたくない演技をしたほうが、私の過去に重みが出るかなと思って。どう? 主演女優賞ものでしょ?」


 呆気に取られ、何も言えなかった。昨日、誰にも言わないでと言っておきながら、この明るさはなんなんだ。


「ごめんね、円佳。朱理の話をするはずだったのに、私と舞の喧嘩になっちゃって」


「そんなの、いいよ。朱理のことは今度話せばいいし、このまま舞が忘れてくれれば、それはそれで好都合」


「でも、私は朱理を私達の輪に入れてあげたいな」


「こればかりは、問題が舞だけにあるわけじゃないからね。舞が朱理を嫌うより、朱理が他人との接触を拒む問題の方が大きいよ」


「理想は高くってことで」


「そうだね…じゃ、そろそろ戻ろうか? 廊下に連れ出したのは、過去の話をしていいか聞きたかっただけだから」


「私は、教室に戻らないでこのまま帰るよ。私がいない方が、なおさら過去に重みが出るから」


 カオルの声が、少しだけ震えていた。過去の話をされたくないと、私に対して演技をする必要はない。そうなると、さっき『主演女優賞ものでしょ』とおどけて見せた方が、演技だったのかもしれない。


 本当に過去の話をされるのが嫌で、教室で瞳を潤ませた。その事を私に気遣わせないように、おどけてみせたのかもしれない。


「私は、帰るよ」


 そう言って背を見せ小さくなっていくカオルを、引き止めれなかった。


 静寂の中、カオルの足音だけが規則正しく鳴り響き、しばらくすると足音は消えた。


 気を引き締めて、教室に戻る。


 一人で教室に戻ると、待っていた二人は疑問に満ちた視線を投げかけてくる。


「ちょっと長話になるけど、聞いて」


 疑問に満ちた視線は、カオルはどうしたのだろうというものだと分かっているが、その疑問に対し明確な返答をせず、自分のペースで話を進める。


 昨日聞いたカオルの話を、なるべく正確に話した。記憶力が良いほうではないし、盗み聞きしている後ろめたさで冷静さを失っていた為、どこか抜けている部分があるかもしれないが、出来る限り正確に話す。

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