毎日行く散歩の際に恐怖を避け続けていたら、買い物などで外に出て恐怖と対面した時、その恐怖が増幅してしまうと考え、一日一度は横断歩道を渡るようにしている。
言わば、訓練なのだ。
子供連れの主婦の力を借り、今日も無事、横断歩道を渡り終える。
杖をつき、焦点の合わない視線で事情を説明すると、大概の人は力になってくれる。日本は思いやりがないと思っていたが、そうでもないんだなと円佳は嬉しくなった。
散歩も三分の二ほど終わり、いつもリストと逢っている歩道橋に到着する。
階段から落ちたら大怪我をしてしまうので、慎重に階段を上がる。手摺と杖で体の安定を保ち、リハビリを行なうように慎重に階段を上がる。
階段を上がっている途中で、携帯電話が鳴った。知らない人から掛かってきた場合に鳴る着信音ではなく『ピピピ』という電子音。
杖を手摺に立てかけ、祈るような気分で携帯に出る。普段は、この音が鳴っても携帯には出ないが、今回ばかりは出なくてはならない。
『もしもし、森永円佳さんですか?』
「そうだけど」
『あっ、リストです』
円佳の祈りは通じ、電話の相手はリストだった。
「良かった、昨日、電話が掛かってこなかったから、電話が苦手のかなって心配してたんだ」
『電話は苦手だけど、その、電話を掛けなかった理由はそうじゃなくて、昨日は体調が悪かったから』
「今は大丈夫? 声だけ聞いてると、元気そうだけど」
『少し目眩がするけど、比較的大丈夫。鼻が詰まったり、喉が痛くなったりはしてないから』
「頭痛は?」
『頭痛は少しだけ』
「なら、安静にしてなよ。鼻詰まりとかは辛いけど、目眩とか頭痛の方が恐いから」
『ずっと、蒲団に転がってゲームをしたり、本を読んだりしてます』
「健康的とは言えないけど、不健康の時はその方がいいね」
『そうですね』
リストが、笑い声で答える。
『円佳さんは、何をしてるんですか? なんか、外にいるみたいだけど』
「散歩の最中。今は、歩道橋の階段の所にいるよ」
『えっ、でも、今日、私は歩道橋まで行きませんよ』
「リストと逢う前から、この歩道橋は散歩コースに入ってたから」
『そっか、私と円佳さんが逢ったのは、偶然ですもんね』
「運命的なね」
『それで、いつも歩道橋で逢ってる時間に電話をしたら、円佳さんが歩道橋の辺りにいるのは必然ですね』
「そういう事。で、今は階段の途中にいるから、少し電話待ってくれるかな? 後三段ほど上がったら、踊り場って言うか、折り返し地点って言うか、広い場所に出られるから」
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