「朱理」
私も、朱理ほどではないが息が切れていた。それでも、強引に声を絞り出す。
「来ないで!」
近寄る私を、朱理は言葉で制した。先ほどの事件があるので、そう言われると近づけなくなってしまう。
「私に近寄ったら、駄目なの」
息切れからなのか、感情の高ぶりからなのか分からないが、声が震えている。
「いつも、ああなの。誰かが近付いてきて、触れられたら怖くなっちゃって、何がなんだか分からなくなっちゃって。
近付いてきた人を傷つけたら駄目だって分かってるのに、近付かれたら怖くなっちゃって、怖くなったら、何に怖がってるのか分からなくなっちゃって、全てのものが怖くなっちゃって、どうしたらいいか分からなくなっちゃって…
いつも、こうなの。人を傷つけた後、少しだけ理性を取り戻して、自分が怖くなる。人を傷つけたくないと思ってるのに、平気で人を傷つける自分が怖くなる」
疲れが取れた朱理は、九月だというのに寒そうに震えながら、誰も寄せ付けないように胎児を思わせる格好でうずくまっている。
「朱理」
「来ないで! 近寄ったら駄目なの!」
足音で近付いたのが分かったのだろう、顔を上げずに私を制する。
「どうして、近寄ったら駄目なの?」
「円佳を傷つけたくない」
「私を傷つけてもいいから、近寄ったら駄目かな?」
「ヤダ、円佳を傷つけたくない」
「そんな事を言ってたら、これからずっと、一人で生きていかないといけないよ」
「分かってるし、覚悟も出来てる。大好きな人を傷つけるぐらいなら、一人で孤独に生きていた方が良い」
「じゃあ、どうしてここで立ち止まってくれたの?」
「それは…疲れたから」
「本当は、一人が寂しいんじゃないの?」
そう言って、わざと大きな音を立てて、足を一歩踏み出した。
朱理は何も言ってこない。
そのまま歩を続け、朱理の目の前まで来られた。
それでも朱理は、何も言ってこない。
顔を上げない朱理に、私は膝を曲げ、朱理の姿を隠すように覆いかぶさる。
触れたと言うよりも抱きしめたに近いほど接触すると、朱理は保健室の時よりかは大人しいが、暴れ始めた。
暴れ、顔を上げた朱理の顔を両手で包むように掴み、私は勢い良く朱理の口にキスをした。
人を拒絶しながら生きてきた朱理だ、ファーストキスだったのだろう。先ほどまで暴れていたのが嘘のように、体の力が抜けていく。
しばらく、抱き合う形でキスを続ける。その間、遠くでサイレンが聞こえ近くで止まった気がしたが、私達はそのままキスを続けた。
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