足を踏み出して

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#17

公開日時: 2022年1月16日(日) 08:29
文字数:1,010

「朱理」


 私も、朱理ほどではないが息が切れていた。それでも、強引に声を絞り出す。


「来ないで!」


 近寄る私を、朱理は言葉で制した。先ほどの事件があるので、そう言われると近づけなくなってしまう。


「私に近寄ったら、駄目なの」


 息切れからなのか、感情の高ぶりからなのか分からないが、声が震えている。


「いつも、ああなの。誰かが近付いてきて、触れられたら怖くなっちゃって、何がなんだか分からなくなっちゃって。


 近付いてきた人を傷つけたら駄目だって分かってるのに、近付かれたら怖くなっちゃって、怖くなったら、何に怖がってるのか分からなくなっちゃって、全てのものが怖くなっちゃって、どうしたらいいか分からなくなっちゃって…


 いつも、こうなの。人を傷つけた後、少しだけ理性を取り戻して、自分が怖くなる。人を傷つけたくないと思ってるのに、平気で人を傷つける自分が怖くなる」


 疲れが取れた朱理は、九月だというのに寒そうに震えながら、誰も寄せ付けないように胎児を思わせる格好でうずくまっている。


「朱理」


「来ないで! 近寄ったら駄目なの!」


 足音で近付いたのが分かったのだろう、顔を上げずに私を制する。


「どうして、近寄ったら駄目なの?」


「円佳を傷つけたくない」


「私を傷つけてもいいから、近寄ったら駄目かな?」


「ヤダ、円佳を傷つけたくない」


「そんな事を言ってたら、これからずっと、一人で生きていかないといけないよ」


「分かってるし、覚悟も出来てる。大好きな人を傷つけるぐらいなら、一人で孤独に生きていた方が良い」


「じゃあ、どうしてここで立ち止まってくれたの?」


「それは…疲れたから」


「本当は、一人が寂しいんじゃないの?」


 そう言って、わざと大きな音を立てて、足を一歩踏み出した。


 朱理は何も言ってこない。


 そのまま歩を続け、朱理の目の前まで来られた。


 それでも朱理は、何も言ってこない。


 顔を上げない朱理に、私は膝を曲げ、朱理の姿を隠すように覆いかぶさる。


 触れたと言うよりも抱きしめたに近いほど接触すると、朱理は保健室の時よりかは大人しいが、暴れ始めた。


 暴れ、顔を上げた朱理の顔を両手で包むように掴み、私は勢い良く朱理の口にキスをした。


 人を拒絶しながら生きてきた朱理だ、ファーストキスだったのだろう。先ほどまで暴れていたのが嘘のように、体の力が抜けていく。


 しばらく、抱き合う形でキスを続ける。その間、遠くでサイレンが聞こえ近くで止まった気がしたが、私達はそのままキスを続けた。

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