気を滅入らせながらも、円佳は玄関を開ける。
玄関を開けても、人の気配がしなかった。キッチンの方から微かに水の音が聞こえるので、水の音が邪魔をして玄関を開けた音に気がつかなかったのだろう。
もしかしたら、気が滅入っていたので、玄関を開ける音などが力なく静かになっていたのかもしれない。
「ただいま!」
ご機嫌を取るように、帰りが遅くなってしまったのを誤魔化すように、元気に帰りを報告する。
キッチンから聞こえていた水の音が止まり、スリッパがパタパタと床を叩く音が聞こえた。この歩幅の狭さは、間違いなくママだなと音のする方に視線を向ける。
「遅くなって、ごめんなさい」
小言が零れる前に謝っておけと、先手を打つ。
「遅くなるのはかまわないけど、携帯の電源は入れておきなさい」
「ちょっと、訳ありで」
「その訳を言いなさい」
「前に言ったでしょ、歩道橋で人見知りの激しい子と知り合ったって」
「それと、携帯の電源を入れてないのは関係ないでしょ」
「分かってないなー ママは。人見知りが激しい子って、人に気を遣うタイプ…気を遣い過ぎる子が多いんだよ。話してる感じで、リストもそのタイプだと思う。
だから、リストと逢ってる時に電話が掛かってくるのは困るの。リストが気を遣って、離れていっちゃうから」
「円佳の言い分も分かる。とても立派な心配りだと思うわ。でもね、ママはそのリストって子よりも、円佳が心配なの」
「心配しないでも平気だよ。もう、子供じゃないんだから」
「円佳がしっかりしてないって言うわけじゃないけど…その…目が見えないのは不安なのよ。
道に迷ってるんじゃないか、事故に遭ってるんじゃないかって不安はほとんどなくなったけど、通り魔に襲われたり、不審な男に連れ去られそうになったりしたら、抵抗するのが遅れちゃうでしょ」
「心配してくれるのは嬉しいけど、私は目が見えないのを負い目にしたくないの。確かに私は目が見えなくて、どんなに普通を心がけて生活してもその事実は変わらないけど、なるべく普通の子に近い生き方をしたい」
普通な子という表現は好きでなかったが、目が見える子と表現すると、目が見える、見えないだけで世の中の人間が振り分けられているように感じるので、敢えて好きではない表現を使った。
「本当に、これからは気をつけるから、ごめんなさい」
沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように笑顔を浮かべ、張りのある声を出す。
「ご飯が出来るまで、部屋に行っとくね」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!