「舞は、なんでも自分を基準に考えすぎたよ。朱理の時もそうだった。朱理はね、劇に誘われる度に苦しんでたんだよ。誘ってくれるのは嬉しいけど、どうしても出来ないって。誘いを断るのは、好意を踏みにじっているようで嫌そうだった。
私だって、こんなふうに舞の提案を断りたくないけど、怖くて出来ないの! 何も見えないところに足を踏み出すのは、橋のかかっていない崖に足を踏み出すようで怖いの! 家の中でも怖いのに、外に出るなんて考えられない」
「でも」
「でもじゃないの! 出来ないの! 私と朱理は、舞みたいに神経が太くない。傷つきながら大人になるんじゃなくて、なるべく傷を作らないで、世間の人が大人だって認めてくれなくてもいいから、生き延びるしか出来ないの」
「今の円佳と朱理を一緒にするのは、朱理に失礼だよ」
舞の声は、憎む人に対し発せられるように冷めていた。
完全に嫌われてしまったようだ。
「私も、そう思うな」
続いて、カオルも同じ声色で言った。
それが、ショックだった。
カオルは、どんなことがあっても味方だと勝手に思い込んでいた。一番私を理解してくれる人だと信じ込んでいた。
二つの足音が、離れていく。ドアが開き、ドアが閉まり、階段を下りていく音が徐々に小さくなっていく。
「大丈夫?」
また、首元に空気を感じた。
「大丈夫、痛みには慣れてるから」
叩かれた頬を擦ってみると、微かに痛みが走ったけれど、騒ぐほどの痛みではなかった。
「そうじゃなくて、色々な意味で、大丈夫?」
優しい言葉が、胸に突き刺さる。
「駄目かもしれない」
手でるんの居場所を確認してから、るんに抱きついた。そうしないと、尽きることなく弱音を吐いてしまいそうだった。
るんは、私を受け止めてくれた。何も言わず、頭を撫でてくれた。
しばらくそうしていると心が休まっていき、いつの間にか私は、るんの胸の中で眠りに落ちていた。
◇
夢はいつも、映像のある夢を見ていた。
現実感のない突拍子のない夢ではなく、舞やカオルとも仲良く話し、普通に学校に通っている平凡な夢。
目が覚め目を開けると、私を支配するのは暗闇の世界だ。
文字通り、何も見えない暗闇の世界。それが今では、舞やカオルと絶交状態になってしまい、精神的にも真っ暗闇になっている。
目なんか、覚めなければいいのに。
眠っている時の私は目が見えて、なに不自由なく動けるのに、目を覚ました私は、乾いた喉を潤すために飲み物を取りに行くのさえ、思うように出来ないのだ。
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