足を踏み出して

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#13

公開日時: 2022年1月16日(日) 08:16
文字数:1,031

「確かに私達は、文化祭で劇を行いたいので演劇を立ち上げたいと思いましたけど、文化祭が終わったら演劇部を終わりにしようなんて考えてません。


 文化祭が終わった後も、勉強に差し支えのないように演劇を行いたい。でも今のままでは部員が少なく、行える劇も限られてしまうんです。


 文化祭で劇を行えば、中途半端な時期ではあるけれど劇に感動した生徒、劇に興味を持った生徒が入部してくれるかもしれない。こんな言い方をしたら大切な文化祭を私的に使っているようで申し訳ないのですが、文化祭での演劇を行うのは、部への勧誘も込めているんです」


 熱意を持って交渉するるんの背中を見ながら、私とカオルはるんに同意するように『うん、うん』とうなずく。


「中々、うまい話の持って行き方だ」


 花澤先生に聞こえないように、先生に悟られないようにカオルが、ポーカーフェイスのまま小声で呟く。


 それからも、るんは自分達が演劇にどれだけ思い入れがあるか、ほとんど作り物の話で先生に訴えた。


「島崎がどれだけ演劇を愛しているかは分かった。他の二人はどうだ?」


 えっ?


 どうしよう、私達に話がそれてしまった。


「私は、演劇を通して色々な愛の形を伝えられたらと思います。異性への愛とかもありますけど、故郷への愛、家族への愛、動物への愛。私達が演じる芝居で愛の大切さを伝えられれば、演じている私達と、見てくれる方々との間にも愛という絆が築けると思います」


 カオルが答えると、先生の視線が私に向けられる。


「えっと、私はやりたいことがなく、だからと言って特別演劇に詳しいとかじゃなくて、ただ、みんなで一緒に何かやりたいなって」


 情けない…二人と違ってうまく言えないし、完全にしどろもどろになってしまった。


 二人がせっかく良い土台を作ってくれたのに、私がぶち壊してしまった。


 申し訳なくて二人の顔が見られず、花澤先生の顔も見れない私は、視線のやり場に困りうつむいてしまった。


「分かった、部員も揃い顧問の当てもあるのなら、部の設立をかけあって見よう。明日とはいかないが、近い内に良い報告が出来るだろう」


 その時、花澤先生の言葉が私の耳には届いていなかった。ただ、るんが頭を下げ礼を言い、カオルが私に『やったよ』と抱きしめてくれたので、あぁ、良い返事が貰えたんだなと分かった。


 今度は三人で頭を下げて、礼儀正しく退室する。


 職員室を出た私達は、保健室に向かった。保健室に行く機会がほとんどないカオルが、顧問になってくれる塚本先生と会ってみたいと言っているのだ。

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