吐き捨てる愚痴がなくなった母は、椅子を落とすようにその場に置いた。
収まったのかなと、リストの緊張が若干緩んだ瞬間、うずくまっているリストは強引にひっくり返され、仰向けにされた。
仰向けになったリストに、母は馬なりに乗っかり顔を殴った。虚をつかれたリストは、最初の二発をまともに食らってしまい、三発目以降を腕でガードする。
狂ったように暴力を振るう母を、リストは哀れみの目で見ていた。憎しみや敵対心を一切感じさせない、寧ろ好意的な視線。
暴力を振るう母も、受ける娘も、何一つ言葉や悲鳴を発しず、室内には母の拳と、リストの肉体がぶつかる鈍い音だけが響く。
外からは、雨音が聞こえる。室内の音は外に漏れていないだろう。
二人は時間間隔を失い、暴力を振るい、受け続けた。
暴力は、前触れもなく突発的に収まった。
長かったような、短かったような、よく分からない曖昧な時間。
リストがただ一つ言えるのは、痛いという感覚だけだった。
暴力が収まった母は、自分の下でボロボロになっている娘を見て号泣した。
娘の頭を優しく胸で抱きしめて、何度も『ごめんね』と謝った。
「いいの、気にしないで。私にも責任があるんだから」
身体中に走る痛みを堪え、胸から頭をどかしたリストは母を庇う。
それでも母は『ごめんね』と感情的に謝り続ける。
「安心して、ママ。ママを苦しめちゃってる私だけど。どんな時だって私はママの味方だよ」
子供をあやすように母の頭を撫でながら、リストは母を励まし続ける。撫でている腕に痛みを感じながらも、苦痛を口に出さず、優しい口調で励まし続ける。
九月二十七日
一人の中年女性が、歩道橋の中央で横断歩道を眺めていた。
疲れた表情で、人を探すように視線を動かしている。
横断歩道は、たくさんの学生達が往来している。仲の良いグループで群れをなしている女子高生や、男子生徒。中には、女子と男子が混ざっているグループもある。
中年女性が視線を上げ、横断歩道から歩道橋の階段に視線を向ける最中、一人の女性と目があった。
その女性は、中年女性が歩道橋に現われた五分後ぐらいに現われ、ずっと同じ位置に立っている。
既に十分以上が経過しているが、この場を離れる雰囲気を感じさせない。
髪が長く、整った顔立ちをしている。大学生と高校生では大して歳の差はないが、高校生では出せない大人っぽさや、頼もしさを感じさせた。
階段の方を見るが、まだ誰も来る気配がない。
中年女性が、視線を再び横断歩道に視線を移す際、目が合った女性を故意的に見た。
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