視界を必要とする話題に、自分がついていけないからだと。
失明するまで、真弓とは女友達のようにかっこいい俳優の話や、気に入っている服の話をしていたが、失明した今は、そんな話をされても情報が入ってこないのでついていけない。
失明してもめげずに生きている円佳にとって、最新の情報が視界を通して入ってこないのは、あまりにも残酷で変えられない現実である。
この現実を突きつけないようにする為、ママは何を話したらいいか分からなくなっているんだ。
円佳がその結論に達した数日後、真弓は円佳にCDを貸してくれと頼んだ。
タイトルや歌手を指定されたのではなく、円佳の気に入っているCDを。
その日からである。食事の際に生まれる話題が音楽の話題になったのは。
真弓は『最近の歌が好きになっただけ』と言うが、円佳は自分の為に最近の歌を好きになってくれたんだと確信している。
その証拠に、真弓は歌がかっこいいと褒めるが、ビジュアルがかっこいいと褒めたことがない。
失明してから出てきたアーチストは、ビジュアルが分からない。その辺りを配慮してくれる母の優しさが嬉しくもあり、切なくもあった。
電話が鳴ると、箸を置き真弓が電話を取りに移動する音が聞こえた。
食事を続けながら電話の声に耳を傾けると、電話の相手が父、秋男だと分かった。いつも帰る前に電話を入れるので、あぁ、こんな時間かといつもより少し遅い晩御飯を続ける。
秋男と真弓は、時々些細な喧嘩をするけれど、目立った大喧嘩はなく仲睦まじい夫婦と言えた。
円佳の理想とする夫婦像。
私もこんな家庭を築きたいと思う反面、私には無理だろうと諦めている感情も強い。
「お父さんからだった」
「今日は。ちょっと遅かったね」
「遅いっていっても、十分ぐらいよ」
「浮気かな?」
「なに、馬鹿なことを言ってるの」
父が浮気をしないと信じているし、母が父を信用しているのも分かっているので、安心して冗談が言えた。
「ごちそうさまでした」
食事を終えると、軽く頭を下げてから食器をキッチンに運ぶ。
真弓は、それぐらいやってあげると言ってくれているが、円佳は進んで自分の食器を運ぶようにしていた。
部屋に戻ると、早速携帯を手に取り、食事のために中断されていた物語を忘れない内に吹き込んだ。
デスクチェアに座り、行き詰まると行儀悪く椅子を回転させながら、時間を忘れ物語を吹き込んでいく。
物語を吹き込んでいると、必然的に喉が乾く。
乾いた喉を潤すついでに時計のボタンを押した。
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