大丈夫だ。危険なものはない。
次に、自室のドアを調べ、しっかりと南京錠が閉まっているか確認する。
南京錠は、しっかりと閉まっていた。念の為に力任せにドアを開けようとしたが、ドアはビクともしなかった。
南京錠の鍵は、冷蔵庫に隠してある。冷蔵庫の、空になった納豆容器の中。
もちろん、容器は洗ってある。
母は極端に納豆を嫌っているので、納豆の容器に手を出す恐れはなく、この容器が洗われて納豆の匂い等がしないとは気付いていない。
全てを確認したリストは、テーブルの前に座り目を閉じ、腕を組み祈りながら母の帰りを待った。
いつもどおりの、穏やかな日常。そんな些細な幸せを強く願った。
雨音が納まらないまま、玄関のドアが開く。
目を開け、祈りをやめたリストの耳に届いたのは、乱暴に閉まるドアの音だった。ノブを捻らず、乱暴に叩きつけたような音。
玄関から、大きな足音が近付いてくる。まるで、大男が乱入してきたような無骨な音。
大男が乱入してきた…それならまだ良かったかもしれないと、自嘲気味に音の発生源に視線を向ける。
視線の先には、細い体には似合わない音を立て歩く母の姿があった。
普段の、優しく包み込んでくれるような母ではなく、目が釣りあがり、おとぎ話に出てくる意地悪な女のような顔つきの母。
「おかえりなさい」
リストの言葉に返ってきたのは、返事ではなく拳だった。何も言わず、母は容赦なくリストの顔を殴りつける。
殴られたリストは、大して驚きもせずにその場に倒れ、後頭部と頭蓋骨をガードするように腕で包み込み、うずくまった。
他の部分は殴られてもいい。顔だって殴られてもいい。命を守り障害が残らないように脳を守るのを優先した。
母の足音が耳元で聞こえ、その足音はキッチンへと消えていった。
キッチンに移動した母は、武器になるもの…主に刃物を探した。
キッチンをくまなく探すが、刃物類は一切見つからない。包丁やナイフはおろか、フォークすら見つからない。
武器探しを諦めた母は、うずくまっているリストの元に移動し、近くにあった椅子を手に取った。
「どうして、私がこんな辛い目に遭わないとならないの!」
手に取った椅子をリストに叩きつけながら、自分が被害者のように嘆く。
仕事の辛さ、仕事の大変さ。女手一つで子供を育てる苦労。育てている子供がひきこもりがちになっている愚痴。
様々なうっぷんを喚き散らしながら、椅子を叩きつける。
リストは、背中やふくらはぎに走る痛みに耐えながら、意識を保っていた。母にもう少し腕力があったのなら、既に気を失っていただろう。
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