足を踏み出して

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#25

公開日時: 2022年1月17日(月) 13:16
文字数:1,015

「本条さん、起きてる?」


 カオルの問いに、返事はなかった。朱理の性格を考えると眠っているのではなく、他者との接触を避ける為に狸寝入りをしているのだろう。


「しかとでも、本当に眠っているんだとしてもいいから、謝らせて。昨日はごめんなさい。本条さんのことを考えないで、怖がらせちゃって」


 やはり、返事はない。音から察するところ、カーテン越しに話しかけているようだけど、それでも、朱理は心を開かないらしい。


「そりゃ、怖いよね。あんなにパニックになるほどの恐怖を与えたんだから。でも、どうしても話がしたいから最終兵器を持ってきたの。初めて使用する兵器が最終兵器って、結局一個だけってことなんだけど」


 依然、返事がない。


「塚本先生、この縄で私の手足を椅子に縛ってください、絶対に動けないぐらいきつく。私そういう趣味が…じゃなくて、これなら本条さんも怖がらないと思うから」


 なんだか、緊張感のある中でアブノーマルなボケをしている。


「いいの?」


「その為に持ってきたんですから」


「分かったわ、前原さんの趣味に付き合う…じゃなくて、頼みを聞くわ」


 塚本先生まで、ボケてきた。


「縛るわよ」


「きつくお願いします」


 シャーと、勢い良くカーテンの開く音が聞こえた。


「きつく縛ったら、跡が残るよ」


 か細い、朱理の声が聞こえた。


 驚きである。


 私だって、朱理にカーテンを開けてもらうのに一ヶ月以上の時間がかかったのに、カオルは一日でカーテンを開けさせた。


 ただ、カーテンを開いて対面したのではない。朱理にとってのカーテンは心の壁なのだ。カーテンを開くのは、心を開くのと同じような意味がある。


「残ったとしても、一生残る跡じゃない。若くて肌に弾力があるから、数時間で消えるよ」


「でも、腕とかに縄とかの跡があったら、夏服だし、変な噂が流れちゃう」


「心配してくれて、ありがとう」


「…うん」


 なんだか、初々しい会話だった。お互い腫れ物に触るように接しているにもかかわらず、相手に対し興味があり、相手の事を知りたいと思っているような微妙な関係。


 カオルがリードをしないと、この関係はもろく崩れそうである。


「怒ってないの?」


「切られた時は凄く痛かったし、頭にもきたけど、今は寧ろ良かったと思ってるよ。もう一度、こうやって話が出来てるんだから」


「私と関わっても、良いことないですよ」


「でも、私は友達になりたいと思ったんだ。この気持ちは嘘じゃないし、同情とかでもないよ」


「無意味にあなたを傷つけたのに?」

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