引っ張られるようにして歩く音の反響からして、やはり屋内だと確信できた。それも、かなり広く、人の声も聞こえる。
「ここに座って」
足を動かし、辺りを確認し、手で椅子を確認してから腰を下ろす。
両サイドに両親が座ってくれているので、私は緊張せずにいられた。
しばらくすると、ピアノの音楽が流れてきた。
その演奏は聞き覚えのある、私の胸を締め付ける音楽だった。
『今日は、お忙しいところ集まっていただきありがとうございます。これより、阿南高校演劇部、演劇、深見池の伝説を公演いたします』
るんの声に、るんの奏でる音楽だった。キーボードとビアノの違いはあるけれど、間違いない。
るんがこんなに大きな声で客席に挨拶をするなんて、驚きだ。見知った仲では結構喋れるが、初対面の人に対してはまったく口を開けない性格なのに。
るんがこれだけ人前で喋れるようになっているのだ。私の代わりはるんが演じているのだろう。音楽は事前に演奏しておいたものを流せばいいのだから。
『川路にある貝鞍に、村人達が道具を手に集まりました。池を埋め立てて、新しい池を作ることになったのです。
丁度その頃、この辺りでは見慣れない美しい娘が一人、天竜川の川沿いを抜け、深見の里へやってきました。
里の畑は青々と麦が実り、のどかな風景が広がっています。そんな中、娘はとある農家を訪ねます』
目が見えない私にも分かるように、るんがナレーションをしてくれている。
流れからすると、次は私の台詞だった。
なんだか、胸が熱くなってくる。
「旅の者ですが、泊まる当てもなく、お金も底をついてしまいました。どうか、ここでお使いになってくださいませんか?」
驚き、私は思わず『えっ』と呟いてしまった。
「どうしたの?」
「なんでもない」
声を漏らした私に、お母さんが小声で問いかけたので、私も小声で返事をする。
私の台詞を震える声で述べたのは、朱理の声だった。この声の震えは旅人の心情を演じたものではなく、自然と緊張から震えたものだろう。
自分と朱理を一緒にして、二人が怒ったのはこれが原因だったのか。私は何も出来ないと塞ぎこんでいたが、朱理は責任を感じ、私の代役をこなしてくれている。
自分で空けてしまった穴を自分で塞いでいるのだから、私と違い立派だ。
私の家を訪ねてくれなかったのも、短期間で台詞を覚えるために猛練習していたからだろう。
それとも、本番当日に私を驚かせるために、距離をとっていたのだろうか?
物語は、朱理の演じる旅人(大蛇)が、舞の演じる農夫にかんざしをプレゼントしてもらい、恋心を抱いてしまう展開になっている。
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