足を踏み出して

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#88

公開日時: 2022年1月30日(日) 22:30
文字数:1,016

 そうしている間に、物事が良い方向に進んで行っているならまだしも、打開策がないまま、足踏み状態になってるのが辛くてさ」


『疲れてるね、円佳。考え方が後ろ向きになってるよ』


 心配そうに、朱理が声をかける。


「それは、自覚してる。気持ちの持っていきかたがうまくいかないの」


『今度の日曜日、カオルを誘って気晴らしに遊びへ行かない? カオルもなんだか疲れてるみたいだし』


「カオルも疲れてるの?」


『ここのところ、毎日早退してるんだ』


「そうなんだ。で。朱理は?」


『私も、毎日早退してる。やっぱり、カオルがいないと不安だから』


 しばらくの間を置き、朱理が続ける。


『また、キレちゃうんじゃないかって』


「早退した方が良いと判断したなら、そうした方が良いよ。無理しない方が良い」


 一人で働けない朱理を責めず、寧ろ、早退する朱理を褒める。せっかく、人見知りが治ってきているのだから、無理をして再発させる必要はない。


 円佳は、昨晩話したカオルの電話越しの声を思い出してみた。


 思い出しても、口調や声の張りから、カオルから疲れを感じ取れない。


 自分が鈍いのか、カオルが疲れを隠すのがうまいのか、はたまた、その二つとは違う理由があるのか分からないまま、朱理との会話を続けた。


 九月二十六日


 リストは、いつもと同じように母の帰りを待っていた。唯一違う点は、母好みの料理でテーブルが埋め尽くされているぐらいだろう。


 最近の母は仕事が忙しいらしく、疲れた表情を浮かべている。機嫌は悪くないのだが、リストが話しかけても心ここにあらずのケースが目立つようになっていた。


 そんな時は気をつけないといけないと、リストは今までの経験から察していた。母に悟られないように、自然な振る舞いで母の機嫌を良くしないといけない。


 料理の出来を確認して、お風呂に入れたお湯の温度を確認する…抜かりはない。完璧なはずだ。


 お風呂場でお湯を確認していると、ポツポツと音が聞こえた。


 急いで外を見てみると、軽くだが雨が降り出していた。


 一定のリズムで鳴り響いていた雨音は、次第に強まっていき、雑音のように『ザー』と鳴り響く。


 玄関に行き傘立てを確認したリストは、いつも母が使っている傘が立てられているのを見て青ざめ、覚悟した。


 そろそろだ…


 カチカチと秒針が進むに連れて、母が帰ってくる時間が近付いてくる。


 秒針と同じ速度で聞こえていたリストの鼓動が、時が進むに連れて秒針よりも早くなっていく。


 キッチンに行き、危険なものがないか確認する。

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