「円佳!」
校門を通過し、校内に入ろうとした時だった。後ろから耳慣れた声が聞こえた。
声の主は、るんだった。私が振り向き立ち止まっていると、少し離れた位置にいたるんは小走りで近寄り、息を切らす。
元気はあるが体力はないのである。
「今日は、早いね」
「うん、まぁね」
早い理由を告げてもいいのだけれど、胸を張って言える理由ではないので曖昧な返事しか出来ない。
「るんは、いつもこんなに早いの?」
「いつもは、三十分ぐらい遅いよ。今日はどんな顔をして教室に入ればいいか分からないから、教室に一番乗りしようと思って」
「実は、私が早く来たのも同じ理由なんだ。舞とカオルより早く来ようと思って。声を掛けてくれたのがるんで良かったよ」
互いに早くは来た理由を告げると、自分が立てた作戦が浅はかだったんだなと実感し、なんだかおかしくなり、私達は笑い合った。
笑っていると緊張がほぐれるようで、るんのおかげで心が軽くなる。
人の声や物音があまりしない閑散とした雰囲気の階段を上り、三年の教室のある階に着いた。
「何か、怒鳴り声がしない?」
「そう?」
同意を求めるるんに、否定的な返事をする。私には怒鳴り声は聞こえなかった。
その会話を大して気に止めず、自分達の教室に向けて足を進めていると、微かに怒鳴り声が聞こえ始めた。
おそらく、この時点でるんはハッキリと聞こえているのだろうが、物静かなるんは話をぶり返さず、怒鳴り声にはふれなかった。
「確かに、微かに怒鳴り声のような声が聞こえる」
微かにと付け加え、ここに来て聞こえ始めたのをアピールする。
「何を言ってるのか分からないけど、この声はカオルと舞みたい」
「嘘…」
信じたくないけれど、そうなのだろう。怒鳴り声が聞こえた位置で私とるんとでは耳の良さが決定的に違うと実証されている。ここまで近づいたのだから、声の主が判別できるぐらい聞こえていても不思議ではない。
「たぶん、あってると思う」
急に、足が重たくなった。私一人だったら歩くのをやめていたかもしれない。
もしかしたら、保健室に逃げていたかもしれない。
るんも、気分が重たくなったのだろう。それから先は言葉を交わさず、ゆっくりと教室に向かっていく。
近付けば近づくほど声は鮮明になっていき、声の主がカオルと舞だと知らされる。
「だから、それは違うって! 全然分かってない!」
はっきりと、舞の声が聞き取れた。かなり感情が高ぶっているようで、語尾が荒い。
教室の目の前まで来ると、私達は無言で顔を見合わせ、意思を合わせるようにうなずいてから教室に入る。
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