足を踏み出して

退会したユーザー ?
退会したユーザー

#84

公開日時: 2022年1月30日(日) 22:21
更新日時: 2022年1月30日(日) 22:22
文字数:1,003

「初めて会ったのが、先週の土曜日だから、今日で八日目です」


「よく覚えてるね」


「そりゃ…」


 今日、初めてリストが言葉を詰まらせ、自分か飛び降りようとした欄干に視線を向ける。


 リストは頭を大きく振り、後ろ向きになりつつある心を一掃し、明るい口調で応える。


「円佳さんと初めて会った日ですから、忘れませんよ」


 そう言って、リストはクッキーを口いっぱいに頬張った。


 九月二十二日


 円佳は、クッキーを食べながら帰路についていた。


 帰る時間になっても食べ切れなかったので、自分の分をいただいたのである。


 そこまでするほど、リストが焼いたクッキーは美味しかった。


 今日は、いつもより少しだけ早く家についた。帰るのが遅れ母に心配をかけたばかりなので、意図的に帰りを早めた。


 後ろめたさなく、堂々と玄関のドアを開け『ただいま』と伝えると、思いがけない声が返ってくる。


「おかえり、円佳」


 返事をしたのは母ではなく、カオルだった。


「どうしたの?」


「どうしたのって、リストちゃんの顔を見てきたから」


「その話は電話ですると思ってたから、カオルが家にいるとは思わなくって、家で待ってるぐらいなら、帰ってる時に声をかけてくれれば良かったのに」


 カオルと話すのはほとんどが電話だったので、円佳は声を弾ませ靴を脱ぐ。


「歩道橋でリストちゃんの顔を見て、すぐに家へお邪魔させてもらったんだ。ずっと歩道橋付近をうろついてるのも怪しいし、リストちゃんと別れてすぐに、円佳が待ち合わせをしていたように誰かと逢ったら、リストちゃんが傷つくかもしれないでしょ」


「そっか、そうだね」


「それに、電話じゃなくて直接会って話したいと思ってたから。リストちゃんの事で、言いづらいことがあるんだ」


「えっ?」


「とにかく、円佳の部屋へ行こう。話はそれから」


 自分の家なのに、カオルにエスコートされる形で自室に移動する。


「適当に座って」


「ここ、私の部屋なんだけど」


 促されるまま座ると、カオルは向かい合うように腰を下ろした。


「それで、話しづらいことってなに?」


 単刀直入に問いかけると、カオルは先ほどまで出していた普段通りの声よりトーンを落とし、絞り出すように声を出す。


「リストの顔が、ちょっとね…」


「容姿をとやかく言うのは、悪いよ。顔にコンプレックスがあるから、人見知りが激しいのかもしれない」


「顔は可愛いと思うよ。たぶん」


「たぶん?」


 歯切れの悪いカオルに、円佳は首をかしげる。


「顔が…腫れてたんだ」

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート