「初めて会ったのが、先週の土曜日だから、今日で八日目です」
「よく覚えてるね」
「そりゃ…」
今日、初めてリストが言葉を詰まらせ、自分か飛び降りようとした欄干に視線を向ける。
リストは頭を大きく振り、後ろ向きになりつつある心を一掃し、明るい口調で応える。
「円佳さんと初めて会った日ですから、忘れませんよ」
そう言って、リストはクッキーを口いっぱいに頬張った。
九月二十二日
円佳は、クッキーを食べながら帰路についていた。
帰る時間になっても食べ切れなかったので、自分の分をいただいたのである。
そこまでするほど、リストが焼いたクッキーは美味しかった。
今日は、いつもより少しだけ早く家についた。帰るのが遅れ母に心配をかけたばかりなので、意図的に帰りを早めた。
後ろめたさなく、堂々と玄関のドアを開け『ただいま』と伝えると、思いがけない声が返ってくる。
「おかえり、円佳」
返事をしたのは母ではなく、カオルだった。
「どうしたの?」
「どうしたのって、リストちゃんの顔を見てきたから」
「その話は電話ですると思ってたから、カオルが家にいるとは思わなくって、家で待ってるぐらいなら、帰ってる時に声をかけてくれれば良かったのに」
カオルと話すのはほとんどが電話だったので、円佳は声を弾ませ靴を脱ぐ。
「歩道橋でリストちゃんの顔を見て、すぐに家へお邪魔させてもらったんだ。ずっと歩道橋付近をうろついてるのも怪しいし、リストちゃんと別れてすぐに、円佳が待ち合わせをしていたように誰かと逢ったら、リストちゃんが傷つくかもしれないでしょ」
「そっか、そうだね」
「それに、電話じゃなくて直接会って話したいと思ってたから。リストちゃんの事で、言いづらいことがあるんだ」
「えっ?」
「とにかく、円佳の部屋へ行こう。話はそれから」
自分の家なのに、カオルにエスコートされる形で自室に移動する。
「適当に座って」
「ここ、私の部屋なんだけど」
促されるまま座ると、カオルは向かい合うように腰を下ろした。
「それで、話しづらいことってなに?」
単刀直入に問いかけると、カオルは先ほどまで出していた普段通りの声よりトーンを落とし、絞り出すように声を出す。
「リストの顔が、ちょっとね…」
「容姿をとやかく言うのは、悪いよ。顔にコンプレックスがあるから、人見知りが激しいのかもしれない」
「顔は可愛いと思うよ。たぶん」
「たぶん?」
歯切れの悪いカオルに、円佳は首をかしげる。
「顔が…腫れてたんだ」
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