夏休み明けの朝は、小雨がぱらつくあいにくの朝だった。
学校は傘を盗まれる確率が高い、危険な場所である。そのため、値段の高い傘は持っていかず、盗まれてもショックを受けない安物の傘を差し通学する。
私はいつからか、水溜りとは呼べないほどの雨水を避けて通るようになっていた。靴が汚れるから…そういった確かな感情が働いているのではなく、生理的に受け付けないように水を避けてしまう。
プールや海は好きなのに、雨水は好きになれない。地面の汚れを含んでいるからだろうか? なんにせよ、私はなるべく水が溜まっていない場所を選び、歩を進める。
学校が目前に迫ると、それに伴い通学する生徒の数が目立ち始めた。
校舎に入ると、私は教室に向かわずに保健室に向かった。いつもは先に教室に行くが、今日は鞄を持ったまま保健室に行きたいので順番を逆にする。
鞄を持ち保健室に向かう生徒なんて常識的に考えればそうそういないが、深く考えないとその不自然さに気がつかないらしく、すれ違う生徒達は私を不審な目で見たりしなかった。
保健室は一階にあるので、私に注がれる視線は先輩に対する萎縮した視線がほとんどである。
「おはようございます」
保健室に入り、礼儀正しく塚本先生に挨拶する。塚本先生は良い意味でも、悪い意味でも歳相応な三十六歳。取り立てて魅力があるわけでもなく、欠点があるわけでもない容姿をしている。
「おはよう、森永さん」
「あの、朱理は来てますか?」
「本条さんなら、今お手洗い」
良かった、朱理が学校に来ていた。夏休み明けに朱理が学校に来るかが不安でならなかったので、一安心である。
塚本先生とは、これ以上話すことはない。そんな気持ちが態度に表れてしまったのか、塚本先生は無理に話をしようと試みなかった。
何度も顔を合わせているので、分かっているのだ。社交的な会話を苦手としている私の性格を。相手の心情を察し、相手に合わせた対応をしてくれる塚本先生だから、朱理も信頼を寄せているのだろう。
保健室の外からは、入学し、初めての夏休みを満喫した一年生の高揚したはしゃぐ声が聞こえる。
一年生の声を聞いていると、女性にも変声期があるのではと思ってしまうほど声が高く、可愛らしく聞こえる。
端から聞くと、私もこのような声を出していたのだろうか? とてもそうは思えない。
ドアに視線を向けると、そのドアが開き、私より少し背の高い朱理が姿を見せた。
私の姿を確認した朱理は、一瞬驚きの表情を浮かべてから『おはよう、円佳』と嬉しそうに声を出した。
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