「無意味じゃなく、防衛本能が働いただけ。傷つけたといっても、命に関わるほどのものじゃないんだから、気にしないで」
「でも…」
「それに、私って過去を引き摺らないで、今を楽しんで生きるタイプだから、もう昨日のことは忘れちゃった。今思ってるのは、朱理さんと友達になりたいっていう思いだけ」
本条さんと呼んでいたのを、朱理さんと変えた。カーテンを開き縮まった関係を象徴するかのような変え方だ。
「嬉しいけど、無理です。大切な人になればなるほど、一緒にいたくない」
「大切な人を傷つけたくないから?」
しばらくの間が空き、その後、カオルが言葉を続ける。
見えないから分からないが、この間のあいだで朱理は肯定するようにうなずいたのかもしれない。
「きっと、先のことを考えすぎるから不安になるんだよ。目の前のことだけ考えてれば、もっと楽しく過ごせるよ」
「でも、先のことを考えないと落ち着かないから」
「それで、先のことを考えると、これからの人生どうなるんだろうって不安になる」
また、間が空いた。先ほどと同じように、朱理は何らかの態度を取っているのかもしれない。
「私と同じだね。そっくり」
「でも、さっきは」
「昔の私に似てるの」
昔のカオル? 出会ってから三ヶ月と少しなので、私達は大して昔のカオルを知らない。
今のカオルしか知らない私は、カオルと朱理が似ているとは到底思えなかった。
「私は、人に触れられたからってパニックになったりしなかったけど、将来の事とか考えすぎて、すぐ不安に陥るような子だったの、こう見えても。
不安を消す為に…和らげる為に、ずっと勉強をしてたんだ。将来の足しになるだろうって。そしたら、いつしかクラスで孤立するようになって、しかとされるようになって、私はクラスで、学園で一人になった。
家もさ、父子家庭で姉妹もいなくて、父さんは朝早く出勤して帰りも遅かったから、私が声を発するのは授業中、先生に当てられた時だけだった。
クラスで孤立して、でも、将来のことを考えると勉強する以外に考え付かないから、勉強をして気を落ち着かせてた。今考えると、パニックになってたんだ。とにかく、私は何かに思いをぶつけたくなってしまった」
今のカオルからでは想像できない話が続いていたが、カオルは最後に言葉を詰まらせ、しばらく黙ってから続ける。
「暴力沙汰を起こすようになったんだ」
カオルの声が、震えていた。こんな声色のカオルは、私にとって初めてだった。
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