『一番上まで、移動しちゃっていいですよ。いつも話している場所で話してくれた方が、電話で話す円佳さんを想像しやすいから』
「分かった。しばらく電話に出られないけど、その間どうする? 頃合を見て電話をこっちに掛け直す? それとも、このままにしておく?」
『このままにしておきます。まだ、結構テレフォンカードが残ってますから』
「えっ?」
円佳は、無意識の内に疑問符を口に出していた。
『掛け直した方がいいですか?』
「ううん、このままでいいよ。ちょっと電波が悪くて、リストの声が聞き取りづらかっただけだから」
そう誤魔化し、円佳は階段を上り始めた。聞きたい事はあるが、その欲求を胸に押し止める。
「はい、無事に到着」
歩道橋の頂上に着いた円佳の第一声を聞き、リストは『そんな大袈裟な』と返す。
それから二人は、いつものように会話を楽しんだ。円佳が物語を話し、ネタが尽きると他愛ない話をする。
他愛ない話にも、遠慮と配慮が含まれている。円佳はリストの私生活に触れないように話し、リストは、視界を必要とする話を極端に避ける。
互いに、相手の配慮に感謝しながら、その配慮に気がつかない振りをして会話を楽しんだ。
『そろそろ、ベッドに戻りますね』
会話の終止符を打ったのは、意外にもリストだった。
「いつも歩道橋で話してるように、話す時間もいつも通りだね」
『はい。また、電話してもいいですか?』
「うん、いいよ。いつでも電話して。別に、この時間じゃなくて夜とかでもいいから」
『夜は、無理だと思います』
「していいだけで、しなきゃいけない訳じゃないよ」
『たぶん、また明日、この時間に電話すると思います』
「じゃあ、また歩道橋で話せそうだね」
『そうですね』
「楽しみにしてる」
『はい』
電話を終えた円佳は、リストの発言で気になるところを考えた。考え過ぎかもしれないが、どうも胸に突っかかって仕方がない。
癖のように杖を扱い歩いていると、平坦な道なのに軽くつまずいてしまった。
幸い、うまくバランスを保ち大怪我にはならなかったものの、このまま集中せずに歩いていたら危険だなと、今は歩くのに集中する。リストの事は家に戻ってからゆっくり考えよう。
集中して歩道橋を下り、平坦な道を歩く。安全な道を歩いていると、どうしてもリストの事を考え集中が散漫になってしまうが、その度に立ち止まり、今は歩くのに集中するんだと自身に言い聞かせる。
油断は、文字通り命取りになりかねない。それが、自分の置かれている現状なのだ。
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