足を踏み出して

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#99

公開日時: 2022年1月30日(日) 22:48
文字数:1,017

『一番上まで、移動しちゃっていいですよ。いつも話している場所で話してくれた方が、電話で話す円佳さんを想像しやすいから』


「分かった。しばらく電話に出られないけど、その間どうする? 頃合を見て電話をこっちに掛け直す? それとも、このままにしておく?」


『このままにしておきます。まだ、結構テレフォンカードが残ってますから』


「えっ?」


 円佳は、無意識の内に疑問符を口に出していた。


『掛け直した方がいいですか?』


「ううん、このままでいいよ。ちょっと電波が悪くて、リストの声が聞き取りづらかっただけだから」


 そう誤魔化し、円佳は階段を上り始めた。聞きたい事はあるが、その欲求を胸に押し止める。


「はい、無事に到着」


 歩道橋の頂上に着いた円佳の第一声を聞き、リストは『そんな大袈裟な』と返す。


 それから二人は、いつものように会話を楽しんだ。円佳が物語を話し、ネタが尽きると他愛ない話をする。


 他愛ない話にも、遠慮と配慮が含まれている。円佳はリストの私生活に触れないように話し、リストは、視界を必要とする話を極端に避ける。


 互いに、相手の配慮に感謝しながら、その配慮に気がつかない振りをして会話を楽しんだ。


『そろそろ、ベッドに戻りますね』


 会話の終止符を打ったのは、意外にもリストだった。


「いつも歩道橋で話してるように、話す時間もいつも通りだね」


『はい。また、電話してもいいですか?』


「うん、いいよ。いつでも電話して。別に、この時間じゃなくて夜とかでもいいから」


『夜は、無理だと思います』


「していいだけで、しなきゃいけない訳じゃないよ」


『たぶん、また明日、この時間に電話すると思います』


「じゃあ、また歩道橋で話せそうだね」


『そうですね』


「楽しみにしてる」


『はい』


 電話を終えた円佳は、リストの発言で気になるところを考えた。考え過ぎかもしれないが、どうも胸に突っかかって仕方がない。


 癖のように杖を扱い歩いていると、平坦な道なのに軽くつまずいてしまった。


 幸い、うまくバランスを保ち大怪我にはならなかったものの、このまま集中せずに歩いていたら危険だなと、今は歩くのに集中する。リストの事は家に戻ってからゆっくり考えよう。


 集中して歩道橋を下り、平坦な道を歩く。安全な道を歩いていると、どうしてもリストの事を考え集中が散漫になってしまうが、その度に立ち止まり、今は歩くのに集中するんだと自身に言い聞かせる。


 油断は、文字通り命取りになりかねない。それが、自分の置かれている現状なのだ。

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