朱理を劇に誘う舞を見ていると、頑固な性格なのが手に取るように分かる。そんな頑固者を強引にでも朱理の家から離れさせられるか分からないが、方法としてはこの方法がベストだろう。
『いまさら、本当は家にいたなんて言えないから、わがままな願いだとは分かってるけど、頼めないかな』
「分かった、すぐ行くよ」
信号が、緑に変わった。
『ありがとう』
朱理のお礼を耳にしながら、横断歩道の白線に足をかける。
その時だった。
目映い光が私の目を襲い、一瞬目が眩んだ。
反射的に右手を上げ光を遮ると、私の目に映ったのは、高速で突っ込んでくる赤い乗用車だった。
◇
気がつくと、暗闇の世界に放り込まれたように、目の前が真っ暗だった。
微かに聞こえる音がなければ、これが死という状態なのではと錯覚してしまうほど、この闇は暗く儚い。
少し、腕に痛みがある。痛みを感じるのだから、私は生きているのだろう。
そうだ…私は朱理と電話をしながら、事故に遭ったんだ。
体を動かすと、至る所に痛みが走った。それでも我慢して体を動かすと、近くで私が動いたと喜ぶ声が聞こえる。
カオル、舞、るん…微かに朱理の声も聞こえたような気がした。
顔に手を当てると、目の辺りに包帯が巻かれているのが感触で分かった。目を開けても真っ暗だったのは、包帯がアイマスクの役割をしていたからのようだ。
「ここには、誰がいるの?」
誰に向かってではなく、闇に向かって問いかけると、様々な場所から返事がした。
みんなの声が聞こえた。
カオル、舞、るん…最後に、遠慮がちな朱理の声。どの声も、すぐ近くから聞こえる。
「この、顔に巻かれてる包帯って、取ったら駄目なのかな? これがあると、何も見えないよ」
誰も、返事をしてくれなかった。それだけで、重苦しい雰囲気になっているのが分かる。
もしかしたら、私の目はもう…
「円佳、あのね…円佳は事故にあってはねられて、その時に顔から落ちて…」
「私、失明してるの?」
カオルが、搾り出すように何かを告げようした。その声を聞いているだけで余計悲しくなるので、言葉を遮り、答えを急かす。
「その可能性は、かなり高いって…顔を強く打ったけど、顔には傷とかがほとんどないの。ただ、うん悪く目の部分に大きめな石が当たったらしくて」
「そっか」
失明するなんて、想像もつかないほどの恐怖なのに、その現実を突きつけられた瞬間、最初に浮かんだ想いが、劇には出られないという目先のものだった。
これからの人生、失明した状態では普通に生活するのすら困難になるはずなのに、真っ先に劇を思い浮かべてしまった。それほど、最近は劇を中心に生活が回っていたのだろう。
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