左手でラジオを止め、憂鬱な気持ちを掻き消そうとしたが、ラジオを消したからといって、記録を消去するように憂鬱な気持ちが消える訳ではなく、自然の音以外何もしない静寂が、寧ろ不安を増幅させた。
円佳は、目が見えない。それはどんな気持ちなのだろうか?
もしかしたら私は、目が見えなかったり、耳が聞こえなかったりと、体のどこかに障害を抱えていたほうが幸せ。いや、生きるのが楽なのではないだろうか?
不謹慎な仮定を想像する自分が許せなく、自分からも愛されないのだから、誰からも愛されるわけがないなと自虐的に笑ってしまう。
「お眠りですか? リスト姫」
時間の感覚の分からない闇の中で、はっきりとそう聞こえた。
聞いた憶えのない、女性の声。
リスト姫と呼んだのだから、看護師さんではなさそうだ。
リストは右腕を離し、転がったままの体勢でカーテンを少し開け、警戒しながら声の主を見る。
右腕でずっと瞼を押さえていた為に目が霞み、声の主の姿が輪郭しか見えなかった。髪が長く、細身の体をしている。それ位しか分からない。
「円佳さん?」
緊張した声色で、リストが問いかける。
円佳であってほしいような、円佳でなくてほしいような微妙な気持ち。逢いたいけれど、こんな姿は見られたくない…いや、知られたくない。
「残念ながら、ハズレ。私は円佳の親友の、前原カオル。円佳から名前ぐらいは聞いた事はないかな?」
「あっ…」
これ以上、言葉が続かない。
「あるんだ?」
リストは、声を出さずに頷いた。
時間が経つに連れ、リストの視界が正常に戻ってくる。
髪が長く、整った顔立ちをしているカオル。女のリストから見てもカオルは魅力的で、田舎者の自分にはないオーラを感じる。
確か、円佳と同い年のはずだ。けれど、そう感じさせない。年相応の若さを持ちながら、大人の魅力を持ち合わせている。
「あっ…」
カオルの姿が鮮明に見えるようになると、一つ思い出した。
「どうしたの?」
「カオルさん、最近、歩道橋にいませんでしたか?」
緊張から、少し声を震わせ問いかける。
「うん、いたよ。円佳に内緒で、二人の会話を盗み聞いてたんだ」
「どうして?」
「リスト姫の事が気になったから。円佳にリスト姫と逢わせてって頼んでも、恐がるから駄目だって逢わせてくれないから、それならバレないようにリスト姫を拝見しようってね」
「じゃあ、円佳さんはカオルさんが歩道橋にいたのを知らないんだ」
「可哀想だけど、円佳は何も知らないんだ。私が今、こうしてリスト姫と逢ってるのだって知らない。リスト姫が入院してるのだって、円佳は知らないんだから」
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