足を踏み出して

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退会したユーザー

#76

公開日時: 2022年1月30日(日) 21:20
文字数:1,001

 危険が少なく慣れた間取りの家なので、円佳は早い歩調で階段を上り、二階にある自室に移動した。


 部屋に入ると、円佳は傷つけないように慎重な手順でCDをセットし再生する。普段はボーカルの入った歌を聞いているが、物語を考える時は音楽だけのCDを部屋に流す。


 このアルバムはサブスクで配信されていないので、音声認識でサブスクを聞くより手間になってしまう。


 デスクチェアに座り、背もたれに身を預けた。


 デスクチェアは失明し物語を考えるようになってから買ってもらったもので、物語を考えるのに最適だった。


 部屋の模様や家具とデスクチェアとでは不釣合いだが、目が見えないんだから、実用的なら何でもいいやと踏ん切りをつけて買ってもらったものだ。


 ICレコーダーに、物語を吹き込む。


 目が見えず、思うように字が書けない円佳は、字を書かずに語るように物語を記録し、カオルに渡す方法を取っていた。


 一見楽に思える方法だが、慣れるまでは容易でなかった。


 長く語った後に、ちょっと内容を変えたいなと思っても、その部分を消しゴムで消すのではなく、その部分を言い直す為に録音し直さなくてはならない。


 内容は完璧でも、吹き込んでいる最中に噛んでしまったら、恥ずかしいのでやはりやり直しだ。


 早速物語を吹き込み始めると、初めの内はスラスラと物語が進んでいったが、しばらくするとまったく進展しなくなってしまった。


 最近はほとんどがこのパターンで、物語の進みが芳しくない。今日はまだ進んだ方だが、酷い時など一分と立たない内に物語が進まなくなってしまう。


 行儀が悪いと分かりながらも、音楽に合わせデスクチェアをクルクルと回し、体全体で物語を考える。


 行き詰まった時にこうすると、不思議と現状を打破できる確率が上がるのだ。


 少しずつ案が浮かんでは、少しずつ物語を録音していく。小刻みに録音しているのでカオルが聞きづらいかもしれないが、長く語るより短い方が修正しやすいし、噛む可能性も低いので円佳的には楽だった。


 初めの内は全て同じ声で語っていたが、カオルに『キャラの変化が分かりづらい』とクレームを受けてから、男キャラの場合は男っぽい声を出して語るようになった。


 女キャラの場合も、それぞれキャラに合った声を出すようになっていた。


 初めの内は照れくさかったが、やっているうちに楽しくなってきて、今では演技するのが面白くなっていた。カオルからの評価も上々になっている。


「円佳! ごはんよ」

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