もっとも、朱理が働くまではカオルだけが若い存在だったので、今より少し扱いが良かったかもしれない。
「朱理、無事に研修からバイトに昇格したんだよ」
「えっ! そうなんだ。おめでとう」
「うん、ありがとう…もう、自分から言おうと思ったのに」
珍しく、朱理がふてくされる。
「ごめん、ごめん。中々言い出さないから、じれったくて。ほら、早く円佳を喜ばせたいじゃん」
「そうだけど、みんなが揃ったら言おうと思ったのに」
「そうだったんだ…ごめん。あっ! 噂をすれば影って奴だ」
カオルが言い終えると同時に、舞の元気良い声が聞こえる。
「おっす! 久し振り」
「みんな、変わらないね」
舞に続いて、るんのおっとりとした声が聞こえる。
「そういうるんは、髪を黒に戻したんだ」
「うん、慎哉からの評判が悪くって」
「茶髪も可愛いと思うけどな~」
カオルが残念そうに呟くと、朱理は同意するように小声で『うん』と同意した。
高校を卒業してすぐに、るんは髪の色を茶髪にした。もちろん私はその姿を見ることは出来ないけれど、想像してみると茶髪も似合うと思う。
いや、るんだったら意外に赤とかピンクとか奇抜な色も似合うかもしれない。
「大学生活はどう?」
舞とるんとは、カオルと朱理に比べて定期的に連絡を取っていないので、どういった生活を過ごしているのか情報不足だ。この機会に聞いておこう。
「思ったより、大変だね。もっと楽できると思ったんだけど、単位を取るのに大変で」
「私生活の方はどうよ?」
「やっぱり、持つものは高校時代の友達だね。大学で知り合った子達とはそこまで親しくしてないかな。みんな合コンに夢中になって、恋以外の話で盛り上がらないんだもん」
「私はてっきり、舞がそっち側の人間になると思った」
「彼氏持ちの余裕ですよ」
そういえば、素敵な男性と付き合うことになったと惚気てたな。交際は順調なようだ。
「恋人がいても、合コンに参加する人だっているでしょ? 舞は参加してないの?」
「恋人がいるのに合コンに参加するのは、彼氏に不満があるから。私の彼は不満を持つようなレベルの低い人じゃないから」
「なるほど、それだけ素敵だったら、恋人の二人や三人いてもおかしくないね」
「私だけだよ!」
みんな、何も変わっていなかった。
いや、以前に戻っていた。
私が視力を失う前と同じように戻っていた。
視力を失ってから私は塞ぎこみ、塞ぎこむ私にみんなは気を遣い、気を遣うみんなに私は負い目を感じていた。
あの劇を観劇した後、勇気付けられた私は外出するようになり、私達の関係は徐々に以前と同様、対等なものに戻っていった。
高校を卒業してから、進学した二人と、社会に出た二人と接点を持つ時間は自然と削られていったのが、却って私達の溝を埋める良い薬になってくれた。
以前のような私達の輪に、今は心を開く朱理がいる。
視力を失ってから、私の人生は悪い方向にしか進んでいかないと落ち込んでいたが、今の私は、とても幸せな気持ちで満たされている。
「どうしたの? 円佳。凄く幸せそうな顔をしてる」
自然と微笑んでいたらしく、るんが嬉しそうに問いかける。
「どうもしないよ。ただ、幸せなだけ」
舞が『なに、それ?』と呆れるが、これが素直な気持ちなのだ。
大した用事もなく、特別にめでたい事柄がなくても、皆と笑い合って時が過ごせるこの時間、この関係に幸せを感じてたまらないのだ。
第一章、了
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