足を踏み出して

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退会したユーザー

#51

公開日時: 2022年1月27日(木) 09:56
文字数:1,042

 暗闇の中に、ぽつんと赤い点が現れたのである。


 針の穴より小さいけれど、幻ではない。現に今も、はっきりと見えている。


「何か見えますか?」


「赤い点が見えます」


 盲目には、大きく分けて二つあり、全盲の人は極少数らしい。大体の人が今の私みたいに、光を当てると赤い点などが見えるらしい。


 赤い点が見えたから、治る見込みがあるのではと一瞬期待してしまったので、肩を落としてしまう。光を確認する赤い点が見えたからところで、全盲とは大して変わりがない。そう思えてならないのだ。


 結果はどうあれ、包帯が取れたので退院となった。タクシーで家まで戻り、お母さんと手を繋ぎ家に上がる。


「私、自分の部屋に行くね」


「何をしに?」


「何って、別に、何もしないよ。しいて言えば音楽を聴くぐらい。それしか、することがないから」


「そう」


 お母さんは、不安そうに呟く。


 私は一度も引越しをしたことがなく、この家でずっと育ってきた。歩幅などで大体の距離感は掴めそうなので、家の中でなら慎重に進めば一人で動けると思う。


「ついていこうか?」


「これぐらいなら、大丈夫だと思う」


 そう言ってみたものの、いざ一人で歩いてみると、家の造りが分かっていても足元が不安定に感じた。


 暗闇に向かい足を踏み出さないといけないのだ。勝手の分かっている家でも度胸がいる。


 目の代わりとなる杖を持っていない状態なので、壁に手をつきながら歩み続ける。壁に寄り添うようにして歩くと、多少は恐怖が和らいだ。


 階段に右足を乗せ、右足を乗せた後、同じ段に左足を乗せる。その動作を繰り返し階段を上り終えたときには、私にはかなりの疲労がたまっていた。


 階段を上り終え自室に入ると、私はここでも壁に寄り添いながら進み、ベッドの場所まで移動する。


 ベッドに腰を下ろすと、体が一気に熱くなり、軽く眩暈を覚えた。


 相当、気を張っていたらしい。


 自分の部屋に移動するだけで、これだけ神経をすり減らしていたら、これからの私は大丈夫なのだろうか? この、暗闇だけの世界で、挫けず生き続けられるのだろうか?


 一瞬だけ、衝動的に自殺という選択肢が頭に浮かんだ。


 そっか、さっきお母さんが不安そうにしていたのは、私が一人で自分の部屋に戻れるかじゃなくて、自殺をしてしまうのではないかと不安になっていたんだ。


 そんな心配をさせてしまうぐらい、私の表情は暗く淀んでいたのだろう。明るく振舞っているつもりでも、表情には不安や失意が表れていたようだ。


 壁を頼りに、時には、床にへばりつくように移動してCDをセットして、音楽をかけた。

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