「ん……」
長い眠りから覚めると、そこはベッドの上だった。
ゆっくりと体を起こす。
「いたっ!」
強烈な頭痛が襲って来た
右手で頭を押さえる。
しばらく頭を押さえ続けて、痛みが引くのを待つ。
二分ほど経過し、何とか我慢出来るレベルまで、痛みは緩和した。
……さて、俺は何をしていたんだったか。
記憶を辿り、現在の自分の状況を思い出す。
確か賢者の石の作製に失敗し……それから……。
どうしたのだったか……確か……。
転生……。
そうだ! 転生したのだった!
慌てて体を確認する。
手足は小さくなっており、皺もない。
頭以外の毛が薄くなり、産毛になっている。
近くに鏡がある。
見てみると全く別人の顔が。
前世の俺は、会う人会う人に怖がられるほど人相が悪かった。子供の頃から目つきは悪く、やってもない罪を着せられた事が何度もある。
今の鏡に映っている顔は、別段男前ではないが、目が大きく強い力があるように感じる。
仮に他人としてあったなら、良い子そうであると好印象を持っただろう。
前世の記憶が戻るまで、死んでいる可能性があったが、何とか生きていたみたいだ。
命もあるし、五体も満足。
性別も前世と同じ男なので、やりやすい。
もう一つ確認することがある。
マナの品質だ。
転生する時、次の人生では最高品質のマナになるよう指定をした。
この指定が失敗している可能性もゼロではないので、早めに確認しておこう。
俺は右手の甲を見る。
黒色の複雑な模様の刻印が刻まれていた。
大成功だ!
これは"純粋印"。
マナの品質が最高のものに、生まれた時から刻まれている刻印である。
それ以外の品質の者には、何の刻印も現れない。
マナチェックというのをやれば、詳しい品質を調べることができるが、この刻印があればその必要はないな。
第1の関門は突破できたみたいだ。
安心して、この体で記憶したこの世界のことを思い出そうとする。
前世の記憶は完璧だが、思い出した衝撃で今世の記憶が薄くなっている。
思い出して、現在の状況を理解しなくては。
目を閉じて、唸りながら記憶を取り戻す努力をする。
数秒後、思い出した。
今世での俺の名は、マーズ・クリファー。
歳は十歳。
生まれは伯爵家の四男らしい。
前世ではスラム出身だったのが、えらい違いである。
現在はメルフィス魔法学園の生徒である。
全寮制の学園で、実家を離れて暮らしていた。
俺がいる場所は、その学園の学生寮である。
今の時代が前世から何年後かは、不明。
子供なので知識が薄いうえに、いくつか今世の記憶が欠けているみたいだ。
なぜ記憶が欠けているのが分かるのか。
例をあげると、今世の俺には妹がいるのだが、その子の名と顔が思い出せない。
親しくて一緒に遊んでいた記憶はあるのに、名前と顔が思い出せないのだ。
最初から知らなかったとは考えにくいため、記憶を失っているものと考えるのが自然だろう。
それ以外にも、学園の生徒と先生の顔と名前が、誰一人として思い出せない。
学園に通っている記憶はあるのだが、どんな生徒がいたのかが全く記憶にない。
自分以外誰もいないなんてことはあり得ないので、これも忘れていると考えていいだろう。
ほかに忘れていることは、今の所ない。
しかし忘れているという事実に気付いていないだけで、まだまだ記憶にないことがあるかもしれない。
今後は、いくつか忘れている事柄があると思いながら、行動した方がいいだろう。
さて自身の境遇に関する記憶以外にも、気になる記憶が一つ。
魔法についての記憶だ。
どうもこの世界の魔法、俺が前世で使っている魔法とは根本的に違うみたいなのだ。
『呪文』という言葉を発して、不思議な現象を起こす術を、今の時代では魔法と呼んでいるらしい。
前世で俺が魔法と呼んでいたものは、そうではなかった。
一言では説明できないので、前世の魔法がどうやって使うものか説明は省くが、少なくとも呪文とやらを唱える必要は無い。
記憶が抜け落ちているのか、この時代の魔法を使った記憶が一切ないので、細かい使い方は分からない。
ただ呪文を唱えて使う、ということだけは覚えている。
前世の魔法が、今の時代でどうなっているかは不明だ。
少なくとも、マーズ・クリファーとしての記憶に、前世の魔法の知識や、目撃した記憶はなかった。
もしかしたら記憶を失っているだけかもしれないので、何とも言えない部分はある。
今の時代では、前世の魔法が使えなくなってしまった可能性もあるな。
そうなると転生した意味が全くなくなる。
不安になってきた。
ちょっと使ってみるか。
ちょうどこの体で、魔法を前と同じように使えるようにする練習をしなくてはならなかった。
今の俺には、すぐ魔法を使うことが出来ない。
前世の時代、魔法装置開発所で事故が起こり、三十人の人間の意識が入れ替わってしまうという珍妙事件が来たそうだ。
その時、入れ替わったもの全員、魔法が一時的に使用不可能になるという現象が起こった。
これは体ごとに魔法を使う感覚が違うからだ。
そのため、体が変わった場合、使えるようになるまで練習しなければならないのだ。
完全にゼロの状態から覚えるよりかは早く魔法を使えるようになるのだが、それでも前の体と同じレベルで魔法を使えるようになるには、最低三年はかかるらしい。
今、十歳だから、元通りになった時には十三歳か。
その時までは、賢者の石を作成するのは難しいだろう。
まあ、時間は多く残されているし、気長にやろう。
それでは練習を開始しよう。
簡単な魔法ならすぐに出来るようになるはず、ならなかったらこの時代に魔法というものがなくなっているということだ。
練習をこの狭い部屋の中でやるのは、支障が出てくるので、外でやろう。
今は早朝で、ほかの者たちは寝ている時間だ。
他人がいる状態だと、練習効率が落ちるから好都合だ。
俺はベッドから出て、外の庭に向かった。
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