男子寮の庭、早朝。
俺はいつも通り魔法の練習を行う。
マナを操作し、細い剣の形状に変化させる。
それを振り回して、近くの木の枝に当てた。
スパッと綺麗に枝が斬れた。
「変質は完璧だな」
今のはマナの変質を使い、硬度を上げマナを剣のようにし、枝を切ったのだ。
硬くするだけでなく、柔らかくしたり反発力を上げたり、色々とマナを変質させられるようになっている。
ここまで習得すれば、マナの視認が出来ない者は、ほとんど一方的に倒せるようになる。
マナを視認できなければ、当然マナを変質させて作った剣も見ることなど出来ないため、不可視の攻撃と戦う羽目になる。勝つことは非常に難しい。
別に誰かと戦うために魔法の練習をしているわけではないので、それはどうでもいいがな。
問題は転生して一週間ほど経過したが、変化Ⅰがまだ習得できていないことだ。
変質までは割と楽に習得できたが、変化Ⅰはそう簡単にはいかない。
最初の大きな壁と言われるくらい、マナを実際に存在する物質に変化させるというのは、非常に難しいことなのだ。
中々その壁を乗り越えられず、変質までで止まってしまうものも多い。
前世では変化Ⅰを習得した時点で、魔法使いとして一人前と認められていた。
俺は、五歳で魔法の視認が出来るようになり、十歳で変化Ⅰを習得した。
八歳ですでに変質までは習得していたが、そこから変化Ⅰを習得するのに二年かかったのを考えると、物凄く難易度は高いということが分かるだろう。
気長に練習するしかなさそうだな。
今日も練習したが、変化Ⅰの習得にはいたらなかった。
ほかの生徒が起き始める時間になったので、俺は部屋に戻る。
明日は学園が始まる日だ。
実はただの長期休暇明けというわけではなく、ちょうど、初等部から中等部に明日上がるらしい。
この学園は、初等部、中等部、高等部に分かれている。
初等部は六歳から十歳までの五年間、中等部は十一歳から十五歳までの五年間、高等部は十六歳から二十歳までの五年間、計十五年間、学園で魔法を学ぶ。
ちょうど俺は十歳まで五年間初等部に所属していたようだ。
そして明日、中等部へ上がる。
初日はクラス分けが発表されるらしい。
A、B、C、Dの四クラスがあり、一クラス三十人ほど。
成績によりクラス分けは決まる。
非常に優秀な者はAクラス、その次に優秀な者はBクラス、あまり優秀でない者はCクラス、劣等生はDクラスだ。
当日にクラス分けは発表されるため、まだ俺がどのクラスに入るかは不明である。
それと、相変わらずほかの生徒の名前や、先生の名は思い出せない。
当然、寮生活を一週間行ったので、ほかの生徒を見かける機会は何度もあったが、思い出せなかった。
話しかけてくる生徒が一人もいなかったため、恐らく俺は友達が少ない、もしくはいないのだと思う。
まあ、前世でも人付き合いは面倒だと思っていたから友達など作らなかった。
子供との付き合いとなるとさらに面倒なので、友達がいない状況というのは悪くはないがな。
明日から学園が始まるということで、練習効率は落ちてしまう。
練習だけして学園には通わないということも考えたが、この世界の魔法や社会情勢が少し気になる。
賢者の石は、魔法さえ完全習得できれば、すぐ作れるようになるというわけではない、材料も必要だ。
中には非常にレアな材料もある。今の時代それらの材料が前世の時代と同じやり方で取れるのかどうか、調べたい。
この学園には、生徒だけが利用できる大きな図書館があり、調べ物をするにはもってこいである。
ほかにも何か完全な賢者の石の作成に、有利な発見がされているかもしれない。
もしかしたら、俺以外の人間が先に作ってしまった可能性ある。そうなっていたらがっかりどころの話ではない。
とにかく情報を手に入れるなら、まずは学園に通ってみるべきである。
情報を集め終わったら、その時やめればいい。
俺はそう決めて、魔法の練習を部屋の中で始めた。
○
翌日。
俺は学園の制服に着替えた。
この学園は全員制服の着用が義務付けられている。
結局昨日の時点でも、変化Ⅰは習得できなかった。
気長にやろう。
男子寮を出て中等部の学舎に向う。
初等部、中等部、高等部は学舎がそれぞれ異なっているが、中等部の学舎の居場所はきちんと把握している。間違えて初等部に行くということはない。
大勢の男子生徒たちが、俺と同じく男子寮から出て、学舎に向かう。
ほかの者たちはグループとなって、雑談しながら向かうが、俺は一人で歩いている。誰からも声をかけられない。
やはり今世の俺にも、友達はいないみたいだな。
そう思って歩いていると、
「おいマーズ! お前なんで制服なんて着てるんだ?」
「それにそっちは中等部の学舎だぞ? まさかお前、学園に行くつもりなんじゃないだろうな?」
「本気か?」
後ろから三人の男児の声が聞こえてきた。
振り向くと、背の高い金髪の少年と、背の低い黒髪の少年と、小太りの茶髪の少年が、俺を睨んでいた。
制服を着ているので、学園の生徒だろう。
俺を知っているような感じで話しかけてきたのだが、見ても誰か思い出すことは出来ない。
「行ったら問題あるのか?」
よく分からない質問だったため、質問で返した。
「とぼけやがってこの野郎が。中等部になったら来るんじゃねーと、何度も念を押したのに」
「そうだ。お前みたいな欠陥印を持つ奴が、中等部に上がるなんて絶対にだめだ」
「何だ欠陥印とは」
聞き覚えのない単語だった。
「何だお前頭もおかしくなったか? お前の右手に刻まれている刻印のことだよ。これがある奴は、魔法がうまく使えないことが多いから、欠陥印だろ」
右手の刻印?
まさか純粋印のことか?
その話を聞いて、不意に記憶が蘇ってきた。
そうだ、さっきまで忘れていたが、この世界では純粋印は欠陥印と呼ばれていた。
理由はこの男子生徒の言った通りだ。
俺もだいぶ欠陥印のことで、親兄弟から言われていたようだ。常に劣等扱いされてきた。
本来なら魔法学園に入ることは難しいのだが、何とか練習して初等部に入学した。
そして入っても成績は良くなくて、劣等生扱いを受けてきた。
しかし、欠陥印ね。
前世の時代の魔法では、最高品質であることを示すいい印なのに、現代の魔法ではまともに魔法を使えない人間を示す悪い印になっている。偶然か、それとも何か理由があるのか。
とにかくこれで、この時代にはやはり前世で使われていた魔法はないということがはっきりと分かった。
あるのなら決して、欠陥印などと呼ばれていないはずだ。
「お前は欠陥印を持っている上に、成績が物凄く悪かったのに、何故か中等部に上がれた。普通は、そんな奴、退学になるのに」
「もう一人は勉強が出来たから、退学にならなかったのは分かるが、お前は勉強も出来ないじゃないか」
「お前の親父が、ここの学園長と仲がいいから残してもらえたんだって、俺の兄ちゃんが言ってたぜ! この卑怯者が!」
正直全く身に覚えのない難癖をつけられて困惑する。
記憶がないのか、もしくは事実と反することを言われているのかは不明だ。
とにかく、この少年らが俺の存在に不満を抱いていることは事実だ。
「だから自分でやめるよう親に言えって、言ったのに何で学園に行こうとしているんだお前は!」
「やめちまえ、欠陥品! 卑怯者!」
「やーめーろ! やーめーろ!」
そこからやめろコールが起こった。
子供の精神で食らったら、割とダメージ受けそうな状況だな。大人でも気が短い者なら、キレているかもしれん。俺は大丈夫だが。
仮に、何らかの不正があって俺がこの学園にいるのなら、少年らの怒りも理解できないわけではない。
だからと言って、こんないじめをするのは感心出来ないが。
自分が正しいと思っている少年たちに何を言っても納得はしないだろうし、説得は無駄だろうな。
少年たちを無視して、学園に向かおうとする。
「おい! 無視するな!」
「行かせるな!」
回り込まれて通せんぼされた。
面倒だな。
やはり子供の相手は好きではない。
「お前たち、俺に構ってばかりいると、学園に遅れるぞ。初日早々遅刻していいのか?」
「……ぐ」
「っち……」
流石に遅刻するのはまずいと思ったのか、苦し気な表情を浮かべる。
「あとで覚えてろよ!」
「絶対にやめさせてやる!」
「お前みたいな欠陥品が学校に来る資格はないんだ!」
それぞれ捨て台詞を言って急いで学園へと走って向かった。
面倒な子供たちに目を付けられているようだな。
次来たら一喝してやったほうがいいかもな。
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