初日に学生らしい事をしていなかった俺だが、今日は違う。支給された制服の袖を通した姿は正しく学生という感じだった。見た目だけだが。
マオに案内されて食堂で飯を食い、いざ授業――という所でなんか見知らぬ生徒から手紙を渡された。
「何だ?」
「配達係の生徒だよ。生徒個人に宛てられた手紙とか通達を渡す仕事」
「ふうん。まあデカい建物だからな」
マオから説明を受けつつ手紙を開けるとカードが一枚だけ。学園長からの呼び出しだった。昨日は放送だったが、今日は手紙らしい。急ぎかそうでないかで使い分けているのか。
別に今すぐ来いという話ではなかったが受ける授業の申請もあるので朝から行く事にした。授業のあるマオと別れ、俺は昨日行った学園長室へと向かう。
『早い。もう来た』
「おはようございます、セリカ」
部屋の中には仮面学園長とケースに納められたレイがいた。
「昨夜の件、改めてありがとうございます」
「別に構いませんよ」
俺がここに入れたのはイーディの推薦もあったのだろうがこんな時の為に使える駒だからだろう。だから構わない。
「……君が持ち帰ったこの戦斧についてどこまで知っていますか?」
「強力な魔具なのは確かですね」
「これは大昔に作られた曰く付きの魔具です。名は黄龍麗姫。伝説によれば魔女を生贄にして作られ、その怨念が宿っていると言われています。だから触れた者のオドを死ぬまで吸い尽くすのだとか」
『怨念って違うわよ。自分から成ったのよ。オドを吸い取るのはそうだけどこれは呼吸みたいなもので別に触れなきゃ平気だし!』
「――とか言ってますけど」
「やはり契約を結んだ使い手がいると情報量が違いますね。何であれ強い力を持つ魔具をそのままにしておけませんのでケースを作りました」
作ったと言うが、戦斧であるレイが収められケースは見ただけでもかなり頑丈そうで装飾が無いものの高級感溢れていてプロの仕事だと素人目からでも窺わせる。
「……昨日の夜から朝の間に?」
「夜なべしました」
何となくだが闘技場と契約結んでいた鍛冶師と似た空気を感じた。時間的に無理なのではというツッコミは無しにしておこう。
「他の人が持っていると危険です。肌身離さず持っていてください」
「刀まで貰ったのに魔具まで貰っていいんですか?」
「黄龍麗姫と契約したのは貴方です。これは貴方の物で、責任を持つ必要があります。……彼女がそれを良しとするかは貴方次第ですけど」
『元は魔女だけど今は魔具よ。使い手には従うわ。でも無闇に投げるのは止めて』
何だか妙な物を背負う事になってしまった。ケースの蓋を閉めて背負う。
「黄龍麗姫は特級魔具です。今までライトニッツ社が秘密裏に確保し研究していました。表立って奪いに来る事はないでしょうが、気をつけてください」
「今更ですけど所有権はライトニッツにあるんじゃないですか? 奪った形になる俺は大丈夫なんですかね?」
「所持に届出の必要のある魔具を隠し持っていたのでライトニッツ社に正当性はありません。ああ、貴方が持つ事に関しての手続きはこちらで済ませておきましたので大丈夫ですよ」
「そっすか。ところで今後の授業の組み合わせって……」
『いや、今の会話の流れをぶった切って授業の話とかおかしくない?』
レイがケースの中から何か言っているが、俺としては今後のスケジュールの方が大事だ。
文字の読み書きが出来ていない俺は座学を受けても復習は後になるしテストも無理なので暫くは見学と云う形で受けた授業を聞き、空いた時間にイーディから文字を学ぶ事が決まった俺は学園長室を出る。
『今更手遅れだし私が言うのもなんだけど、もっと拒否したりって言うか主体性持った方がいいよ?』
「何の話だよ」
『これから先、ライトニッツはじめ忍者達みたいによく分からない連中に狙われるのよ』
「…………よくある事じゃないか」
命を狙われるとか当たり前じゃないか? 試合で勝ち数増やして昇格して地下の狭い個室から普通の部屋に移った途端殺しに来る連中が増えたのは思わずクスリと笑ってしまった事があったなぁ。綺麗な部屋になった途端に血で汚したくなくなったから処理に困った。一応、人呼んで後片付けして貰っていたがその間別の部屋に移らなきゃいけないし。でも地下牢だと逃げ場が無いからな。
『その歳で想像以上に修羅場潜ってない? 大丈夫? 心に闇抱えてない?』
「何も問題ない」
『ほんとぉ?』
やたらと心配してくるレイの声を聞き流しながら時間割を見る。流石に時間ぐらいは読める。今からでも授業に参加できる(何の授業か分からないが)ので行くことにしよう。学園長から見学は自由だと言われているし。
そうして適当に教室に入り、一番後ろの席に座る。生徒達は入ってきた俺を気にする事なく思い思いに過ごしているようだった。
『良い雰囲気。私の時代にはこうやって同年代が沢山学べる場所なんて無かったから』
いつの時代の話だろうか。
教室では教科書ノートを机の上に置いて準備している生徒、読書している生徒、友人達とお喋りしている生徒達など思い思いに過ごしている。そんな中で一人だけ浮いている生徒がいた。
俺の位置からだと後ろ姿の黒い髪しか見えないが、女子生徒が座っている場所を中心に人がおらず、避けられているように距離を取られている。
『ああいうのはボッチって言うんでしょ? 私知ってる』
「それを言ったら俺もなんだけどな」
『それは興味ありませんオーラが出てるから。あの子の場合は近寄ったら呪うオーラが出てるわ』
違いが分からないが、黒髪の女子から何か剣呑な雰囲気を感じるので一人なのは寧ろ当然なのではないだろうか。
俺の視線に気付いたのか、黒髪の女子生徒が振り返って俺を見る。その視線を意訳すると「何見てんだぶっ飛ばすコラ」だった。
『(外見が)綺麗な子ねー。でも何か拗らせてる感じ。魔女として有望だわ』
「そうだな。(身の程的に)可愛らしいな。劣等感と逆境で伸びるタイプだな」
微笑ましく思っていると教師が入ってきた。ドアが開いた瞬間に生徒達が一斉に席に座り出すのは俺の知らない世界の野生動物を見ているようだった。
そうして始まる授業。文字が読めなくとも教師の話は聞けるし、板書をそのままノートに絵として描き写す。文字の読み書きができるようになった後で読み返せるし。
授業は武士と魔女の歴史についてだった。
男が体内のオドを自らの身体能力や感覚の強化に使い始めた頃、女は大気中のマナを操る術を会得しはじめた。その結果、刃物を手にバリバリ戦う命知らずがブレイブと、自然現象を操る恐ろしいのがウィッチと呼ばれるようになってそれが今の武士と魔女である。
要約した話だけでも知らない事だらけだな。
『あ、セリカ。外』
授業が始まってから喋らなかったレイの声に俺は窓から外へと顔を向ける。昨日、爆発騒ぎを起こした炎の精霊が窓の向こうにいた。
精霊は壁に向かって突進しては魔法防壁に弾かれている。これには教室内の教師や生徒達も気付いて窓の方を見た。
「あの精霊って昨日のと同じだよな?」
「研究室の奴ら何してんだよ」
「ちょっと男子ー、どうにかしてよー」
「無茶言うな。火傷するだろ。こういうのは魔女の役目だろうが」
「誰かカナデ様呼んできて!」
生徒達が騒がしくなって授業が中断される。邪魔だなあの精霊。
俺は教室の窓を開ける。防壁は窓が開いていようと発動しているので精霊は入って来れないが、鳥並の知能なのか単に動く物(俺)に反応しているだけなのか炎の精霊はこっちに向かって突進してくる。
精霊が防壁にぶつかった瞬間、俺は腕を伸ばし広げた五指を精霊に突き刺す。
オドは生命力。つまりはパワー。魔法が使えない男はオドの操作に長けていると言われているが、実際のところは頭で考えるより動いているうちになんとなく感覚で手足の動かし方を覚えてしまうのに似ている。
イメージと実際のオドの動きを一致させてようやく一流と言えた。
一応体外にオドを放出できるが、外に出たオドをコントロールはできない(不可能とは言っていない)。できないが、身体を駆け巡っている間の動きは操作できるのでオドを放出する直前まで流れの向きや力を自由に出来る(できる奴は少ないけど)。
まあ、つまりはだ。
物理的な攻撃手段が通じない(規模による)実体の無い精霊は武士の天敵のような扱いだが、オドに影響は受ける。だからこうして充分なオドを巡らせた指で突き刺して固定し、指先から螺旋状に回転するオドを放出すれば精霊なぞ――パンッ、だ。
「よし。先生、授業の続き」
「あ、はい……」
邪魔な精霊は弾け飛んで片付けたからこれで話の続きが聞ける。
『これだから達人級の武士って……』
午前の授業を終えて食堂に向かう。途中、赤い髪の女子生徒に財布をスラれたが直後にスリ返すという非常に無意味な出来事があった。
階を貫いて吹き抜けになっている食堂は沢山の生徒達がいた。学園にはまだこんなにも同年代の少年少女がいたのかと圧巻される。
バイキング形式でトレイの上に食い物をたらふく置いて空いている席を探す。混雑しているが、物理的な手段で場所や飯の奪い合いが発生していないのを見ると学生さんは上品だと思う。あ、俺も今は学生か。
ウロウロしていたら三階まで来てしまったが、窓際の日当たりの良い場所を発見した。そこに座り飯を食い始める。
『よく食べるわね。男の子って感じ。どこに入ってるのよ』
「食える時に食っておかないとな」
少しすると人が近づいてくる気配を感じたので肉に付いてた骨を噛み砕きながら視線をそっちに向けると、栗色の髪の少女がトレイを持ったまま立っていた。
少し戸惑ったような表情を浮かべて立っていた。
「……どうした?」
「あ……いや、その席なんだけど」
「ここが? ああ、相席なら好きにすればいい」
そう言って俺は食事を続ける。少し間を開けて女子生徒は反対側の席に座った。
『もしかしてここってその子の指定席だったんじゃないの?』
ああ、なるほど。確かに不自然に空いていたからな。闘技場でもデカい顔した奴がよく座る席とかあって誰も座ろうとしなかった。どこに行ってもこういう暗黙の了解はあるものなんだな。
だが、それなのに何故この女子生徒は俺を排除しようとしないのか。
『殺伐な気配がする……』
レイの言葉を無視し、女子生徒を見る。丁度向こうもこっちを見ていたので目が合った。
「どうした?」
「ごめん、ただあまり見ない顔だなって。新入生?」
「そうだ。昨日からな」
「昨日……あれ? 何処かで見たような――あっ!? 塔から飛び降りた人!?」
急に立ち上がって人を指差す女子生徒。そこで漸く俺も思い出した。こいつ、俺がイーディを連れ帰るために向かう際に色々煩かった炎の翼を生やした女子だ。今は翼がないのですぐには気付けなかった。
「あの時の焼き鳥か」
「せめて炎の鳥とかにしなさいよ。いえ、それよりも貴方の名前は? 私はカナデ」
「セリカ」
「セリカ……聞いた事の無い名前ね。あれだけの技術があるなら何処かで有名になっている筈なのに。どこの道場? 流派は?」
「我流」
道場とか聞かれてもな。強いて言うなら闘技場か? 一応、闘技場には戦い方などを指導する指南役はいたが、幼少の頃はショーを盛り上げる生贄であったし、最初の頃にいた闘技場は子供にわざわざ時間と金を掛けるほど真っ当ではなかった。次の闘技場のオーナーに拾われる頃には自分の型が完成していたので指南役は様々なスタイルの敵との相対を想定した訓練を俺に課していた。
だから我流だ。
「そうなの。一度手合わせしてみたいわ。午後の武術の科目を取ってるなら、どう?」
「取ってないな」
「それなら明日は?」
「無いな」
「そ、それじゃあ何時なら良い?」
「良いも何も、そもそも武術とかそっち系の授業取ってないんだよ」
「え? ど、どうして!?」
「ここには勉強する為に来たからな。わざわざ武士の授業を受ける気にはならない」
闘技者だった時なら次の試合の対策を練ったりその為の鍛錬をしていたが、試合も無いのにそんな武術の授業とか受ける気はない。鈍らない程度の鍛錬で十分だ。
「ならそのケースは何? 武器ケースよね? 武士じゃない人間が持つ物じゃないでしょ!」
「護身用」
『私を護身用って言う人初めてだわ』
俺の足元に置いてあるレイ入りのケースを指差していた女子生徒はまだまだ何か言おうとしていたが、割って入る人間がいた。
「無理強いは良くないなぁ、カナデ君! 血気盛んなのは良いが、相手の事情を慮っての交渉力が足りていない!!」
取り巻き達を連れて現れた男子生徒。デカい声で思い出したが昨日マオに鍛錬場を案内された時に見た金持ちだ。
「コウ……」
「そう、コウ・クラウドだ! 金持ちのボンボンで金に物を言わせて魔導具を沢山持ってるコウ・クラウドだ!」
『自分で金持ちのボンボンと高らかに言うとか凄いわね』
「いっそ清々しいな」
その開き直りっぷりに感心していると、金持ちのボンボンがこっちに振り向く。
「さて、マンクラッシャー。単刀直入にオレの用件を伝えよう」
芸名を言われたので食事していた手を止めて顔を上げる。
「オレ達と試合をしてほしい。ギャラは今後君が使用する本やノート、筆記用具など勉学に必要な物に対して掛かる費用を全てこちらが持とう」
「分かった。何時やる?」
「いいの!?」
カナデが大きな声を上げた。何をそんなに驚いているのか。
「私の誘いは断ったのにどうしてコウはいいのよ!?」
「チッチッチ、甘いなカナデ君。学園のマドンナ的位置にいるから自分のお願いなら誰でも聞いてくれると思い込むのさ」
「思ってないわよ」
「だとしてもリサーチが不足している。相手がどんな人間か考えてアプローチするべきだった。あっ、これ契約書」
コウが指を鳴らすと取り巻き一人が先程の報酬に関する契約書と朱肉を差し出して来た。俺は名前を書く欄に名前を描いた後にハンコ代わりに親指で印をする。
「試合だが、そちらが良ければ早速放課後に行いたい。ちなみにイーディ教諭から勉強はその後でと許可を頂いた」
「本当に根回しがしっかりしてるな。いいぞ、放課後に」
「感謝する!」
声がデカい。
「ちょっと待って。ここに一対多数とかあるけど集団戦をするつもりなの?」
「オレ達、って言ってたからな」
「十人以上いるじゃない。いくらなんでも不利よ」
俺は別に構わないんだが。百人抜きと比べればマシだ。あれで達成しても一勝扱いだったからやってられない。
「はぁ~~っ」
「その腹が立つほど大きな溜息は何?」
「相手はチャンプなんだ。このくらいのハンデを付けてもらってようやく相手になるかどうかなんだ」
「チャンプ?」
「さっきも思ったが、お前知ってるのか?」
俺の芸名を知ってた事といい頼み方といい、俺が元々闘技者だと分かっていた態度だった。だけど国も違うし俺がいたのは裏の闘技場なので知名度は低い筈なんだが。
「昔、父の仕事に連れ添って帝国に行った時、社会見学として闘技大会を観た事がある。驚いたよ、オレとそう変わらない少年がトップに君臨しているんだからな!」
「別にトップって訳じゃないんだが」
「それでもだ。オレがこの道に入ったキッカケとなった闘技者と会え、こうして勝負を挑めるとは自分の幸運っぷりが怖い! あ、サイン貰ってもいいですか?」
「手形でいいか? 宛名も文字が書けないから勘弁してくれ」
「あざーっス!!」
『急にへりくだったわね』
コウが取り出した色紙に用意されていた大きな朱肉を使い赤い手形を残すと、取り巻き達もサインを欲しがり始めたので順に手形を残していく。
『意外とサービス精神あるのね。でもあの子置いてけぼり受けてるけどいいの?』
サインしながら視線を動かし見てみれば、コウの取り巻き達の外に押しやられ空を切る手を伸ばしたカナデの姿があった。
何やってんだあいつ?
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