戦う者は男なら武士、女なら魔女と呼ばれる。
武士は体内のオドの操作に長けて近接戦闘に必要な要素を兼ね備え、魔女は外に漂う自然の力であるマナをオドを通して操作し魔術が使える。
どっちが優秀とか云う話ではないが、利便性や応用性が魔女の方が圧倒的上なのは戦いしか知らない俺でも分かる。で、自分に無い物を羨み欲しがるのは人のサガで武士は魔術を羨ましがった。それを言ったら武士は自己治癒能力が高く生きしぶとくて頑丈なのを魔女側から羨ま――いやどっちかと言えば引いてたか。
とにかく武士が魔術を使いたい、なんて願望を大昔に叶えた奴らがいた。鍛冶師や錬金術師が作り上げたそれはオドを流し込む事で特定の現象を起こす魔具を開発。限定的だが魔術を起こす道具の誕生にそれを追い求める武士が続出した。
ただ魔具にも欠点があって、相性や副作用があって誰にでも使える物ではなかったし大量生産に向いていない。
しかし近代でもっと簡単に誰にでも扱え大量生産が可能になった魔具が開発された。それが魔導具だ。俺が乗って来た列車のマナ機関も魔導具の枠組みに入るだろう。
俺が学園長に貰った刀も魔導具だ。柄越しにオドを流し、刀身から斬撃という名の衝撃波? を放つ魔導具だ。俺は全然原理とか分からないが、斬撃って飛ぶものじゃないから刃状に固めた衝撃波を出しているんだと思う。スイッチは柄の握りで強く握る程必要なオドは多くなるが威力は上がる。斬撃の向きや範囲はただ放つだけなら振ればいいだけだが、刀身の向きや振り方で細かく変えれる。足先を切りそうだから素人に使わせられないが、中級者から玄人まで使える良い魔導具だ。
「ほーら、ちゃんと避けないと手足ぶった斬れるぞ」
「くっ……」
手足から小さな爆発を生じさせて空中をピョンピョン跳ね回るクノイチに向けて刀を振る。飛ぶ斬撃は蛇のように曲がりくねった軌道を描いてクノイチに襲い掛かる。腕の振りと手首の返しで色々軌道を変えられて中々楽しい。
クノイチは飛んできた斬撃を爆発の魔術によって叩き落とすか大きく避けるかで対応していて、こっちに近付いて来ない。
「ほーらほーら、さっきの威勢はどうしたー? それじゃあ俺は倒せないぞー」
使っている魔術から近~中距離が得意なんだろうが、全然こっちに近づかないでさっきから逃げているだけ。まあ、熱と衝撃を近くで浴びたらこっちがタダじゃ済まないのでこうして近付けさせないようにしているのだが。
向こうは接近して魔術を使わなければならないのに対して俺は剣を振るだけで数も軌道も様々な斬撃を放てる。距離と手数がこちらに有利。まあ、近付いて来たところで近接は俺の距離だし、動きや手足の肉のつき方から近接は格下であるのも明白。
クノイチもそれに気付いているから無理に近づいて来ずに攻めあぐねている。無警戒に近づくようなら一発で首を刎ねてやったんだが、そもそも俺の目的は殺しじゃなくて戦斧……レイの回収だからな。
真っ直ぐ向かうと機動力の差で先を越されかねないからこうしてテキトーに追って遠ざけている訳だが、そろそろレイの所に向かうか。その矢先、乾いた風をクノイチの向こう側から感じた。
「あ、しまった」
誘導された。
刀を捻るような軌道で振って螺旋を描く衝撃波を前方に向けて放つと、同時に砂の混じった突風が吹いた。
列車にいたライトニッツ側の魔女か同じ流派の魔女だろう。あのクノイチ、俺に勝てないと判断してもう一つのライバルのトコに誘導して押し付けやがった。そのクノイチは爆風で一早く離脱している。ちくしょう。
衝撃波が砂を散らす中、その中を駆け抜ける。するとこっちが目潰しで動けなくなった想定で防砂マスクを装着し太刀を構えて駆けてくるライトニッツの武士達がいたのですれ違いざまに手足の腱を斬り裂く。
衝撃波が途切れ砂混じりの風が顔を叩く中、目を瞑った俺は魔女の居場所を察知する。方法? 勘。
「死ねェ!」
大上段から振り下ろし弧を描いて前進しながら振り上げると、発生する衝撃波は高速回転する輪になって木々を切断しながら捻る軌道で森の奥へと突っ込んでいく。マジで使えるなこの刀。
奥から風に乗って列車にいた魔女が空を飛び衝撃波を避けた。
「はぁ!? その魔導具にそんな斬撃放つ機能無いはずよ!?」
この刀知ってんのか。まあ、魔導具作ってる会社の兵士なら魔導具について詳しいのも当然か。
「腕が足りてねーんだよ」
腱を切られても追って来た兵と魔女と共にいた後詰の兵達が前後から俺に切り掛かって来るのを察知して、俺はその場で身体を一回転させながら刀振って輪の形の斬撃を作りそれを広げる。
流石に手の内を把握したライトニッツの兵達は受け止めて凌ぐか咄嗟にしゃがみ込んで回避する。その隙に手首の返しで刀を回転させてからレイのある方向の斜め上に向けて刀を軽く振る。すると斬撃という名の謎衝撃波はすぐ横で残留した。
「何を……?」
「じゃあな」
俺は残留する斬撃の上に跳んで乗る。その瞬間、斬撃は弾かれたバネのように飛ぶ。その上に立つ俺を乗せたまま。
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
見上げるライトニッツの魔女と武士達を無視して俺は勢いに乗ったまま森の頭上を飛び、衝撃波が消えた後もそのまま暫し空中滑空を楽しんで自由落下する。
地面に着地し衝撃を殺してすぐに駆け出す。飛行能力を持つあの魔女が空を飛んで追って来る可能性もあったが、忍者の集団がいて衝撃波を発する魔導具を持つ俺が森の中にいるのだ。見る限り瞬発力に乏しい飛行能力では下手に飛ぶと的になると警戒して飛ばないだろう。
「おーい、レイ。そっちはどうなってる? 誰か来たか?」
レイがいる方向に向かって全速力で駆けながら呼び掛ける。忍者とかに先越されている可能性がある。触ったら問答無用でオドを吸ってくる劇物だが、持ち運ぶ手段ぐらい用意しているだろうしウカウカしていられない。
『あー……来たと言えば来たわね。変なのが』
「変なの」
『私のこと舐め回すように見つめながらスケッチしてる女が一人いる。こういう手合い知ってるわ。趣味に人生どころか操を捧げてるタイプね』
レイの説明だけで誰か分かった。
『この距離なら引き寄せられるから早くして』
「悪いがその変なのにも用がある」
到着すると、案の定想像していた人物が岩を真っ二つにして地面に突き刺さっている戦斧を真剣に観察していた。鼻が触れそうな距離に近づいていて非常に危ない。
「こ、これが黄龍麗姫……! 最古の魔具に数えられる七宝の一つ。はぁ~~、なんて美しいの」
『この人怖いんだけど』
「古い物フェチだからな」
「あら、セリカ君じゃない。こんな所でどうしたの?」
「イーディ……先生、学園長が探してたぞ」
この呪われた戦斧を前に頬を紅潮させていた女が俺に学園を紹介した考古学者だ。外見の造形は整っているのに何かアレな人だ。典型的な学者先生の野暮ったさと言うか。
と言うかこいつはどうやってレイの場所を探り当てたのか。まぁ、どうでもいいか。イーディだしで済む。
「忍者とかライトニッツとかが彷徨いてるからとっとと戻るぞ」
「ああ、あの人達ね。手裏剣投げて来たり切り掛かって来たり困るのよね――って、セリカ君駄目っ! それに直接触ったりなんかしたら!」
話しながらレイを掴むとイーディが騒ぎ出したが無視して岩から引っこ抜く。
「……あれ? どうして? こういう魔具封じの道具を使わないとオドを吸収されてしまう筈じゃ」
「契約したからな」
「えっ、いつの間に!? いやそんなのはどうでもいいわ! 感想は? 手触りは? 意思が宿ってるっていう話だけどどんな感じ!?」
『……何処にでも居るものね、こういう人種は』
レイが呆れたように溜息を漏らす。口どこだよ。
「話は後でな」
「およ?」
刀を鞘に収めて空いた手でイーディを脇に抱える。
「列車でやった身体能力強化はまたできるか?」
『オドを少し貰えれば。それだけじゃなくて土の魔術だって使えるんだから』
「魔術の方はお前に任せる」
『はいはーい』
軽い返事の直後、全身に力が漲ってくる。
「今の会話もしかして黄龍麗姫と!?」
「口閉じてないと舌噛むぞ」
黄龍麗姫って何だ? と思いながら戦斧を振り回す。後ろから突っ込んできた忍者三人に当たってまとめて吹っ飛ばす。
『何で斬らなかったの?』
「血で汚れる距離だったから」
それでも骨を幾つか折っただろうし動けまい。動ける方法を幾つか知ってるし自分を人形化させて戦闘継続するような馬鹿を見たことあるが、この忍者達はそういう系統ではない。
「何で暗殺や破壊工作担当の武士の忍者が戦闘に積極的に参加してるのか」
戦闘向きがあのクノイチしかいねぇ。
「どうしたの?」
「何でもない。行くぞ」
飛躍的に向上した身体能力で森の中を駆ける。身体能力強化の魔導具は幾つか使った経験はあるが、強化の度合いと安定性が共に高い。能力を強化し過ぎると安全性が損なわれるものだが高いレベルでバランスが取れている。
瞬く間に森を抜け、拓けた場所に出て公園の外も見える距離にまで到着する。このまま脱出できるかと期待したがそう簡単に逃してくれないらしい。突如発生した砂嵐が行く手を遮る。大きな竜巻となって進むも退くも難しい場が作られた。
『この魔術、赤砂の一派? まだ続いてたんだ。いや、何処かに取り込まれた分派の一族かしら?』
レイがなにか感慨深そうに呟いているが、手裏剣が飛んできていた。イーディを下ろして刀を鞘から抜きながら戦斧で手裏剣を弾く。弾かれた手裏剣は魔術が込められており爆発するが抜いた刀の衝撃波で爆発の熱と衝撃を別方向に逸らす。
「お前らって敵同士じゃなかったか?」
砂嵐の壁から忍者達とライトニッツの武士達が現れる。争う様子は見せず、集団の中には砂風の魔女と爆発のクノイチの姿もあった。
『共通の敵を前に休戦ってところかしら』
「そんなところか。まぁ、慣れてるけど」
闘技者だった頃、バトルロイヤル形式の試合で何故か俺以外の選手が協力して殴りかかって来た事が何度かあった。ラスボス扱いには慣れたよ。
「イーディ先生、自分の身は自分で守ってくれ」
「はーい。ここで応援してるから頑張って!」
いそいそと自分の周囲に防御結界を張り始めるイーディ。戦いは専門ではないが遺跡探索で何度も修羅場を潜ってきた魔女だから伊達ではない。
「お前ら、戦う前に言っておくぞ。わざわざこんなフィールドを拵えたんだ。俺への挑戦と受け取って、加減はしない。死にたくないなら端に寄ってろ」
俺の忠告虚しく敵が突撃を開始した。武士と忍者が一斉に仕掛けて来るのに対して俺は戦斧と刀の二刀流で迎え打つ。
連中は真っ直ぐ突っ込んで来るグループと俺の左右に回り込むグループに別れている。複数で一人を相手する場合は相手の間合いの外で囲んで隙を突き、一撃で倒せずとも心身を削っていく戦い方が効果的だ。
正面から突撃して来る連中はフリだな。俺を動き回らせない為の牽制と攻撃の誘発。攻撃している時が一番隙を見せるものだ。だけど関係ないな。悪いが俺は攻撃が防御なタイプだ。
正面から来る連中に向かって俺は駆ける。向こうは先程の勢いが嘘のように即座に防御を固め、後ろの連中が隙を突く構えに入る。
そして俺は武器を使わずそのまま体ごと相手に打つかる。両手を使わず突っ込んできた俺の動きをフェイントかどうか最後まで分からなかった武士は後ろに吹っ飛ぶ。その脇から二人ほど太刀を寝かせ突っ込んで来たので戦斧の柄で二刀を横に受け流しつつ俺は体を回し軸足を切り替えながら移動し、片方の武士の側面に移動してすれ違いざまに逆手に持ち替えた刀で首を斬る。
次いで、武士の影に隠れてこっちの懐に飛び込もうとしていた忍者の顎を下から蹴り上げる。
「くそっ、包囲が!」
「囲み直せ!」
大きな声を出し再び俺を囲む為に走り出す敵達。次の瞬間、包囲の反対側から矢が複数飛んできた。それを避けてからそっちに視線をやると砂嵐に紛れる迷彩カバーを被った武士達が矢を撃ち終えたボウガンを持っていた。少し遠いな。
『経験則で見ないで避けれる系かー。ちょっと私を地面に振り下ろしてみて。魔術であいつら倒すから』
刀の衝撃波で斬ろうかと思ったらレイがそんなことを言い出したので素直に戦斧を地面に振り下ろす。戦斧の刃が地面に触れるとボウガンを持っていた連中の場所から何本かの石の杭が伸びて貫いていく。
『どんなもんよ』
「へー、じゃああれをもっと広範囲でやれるか?」
背中に斬りかかって来る武士を戦斧で切り捨て飛来した手裏剣を刀の腹に沿えて軌道を変え忍者に投げ返しながら聞く。
『範囲によるけどオドをもう少し貰うわよ?』
「やってくれ。無理そうなら言う」
言いながら吸収を制限していたのを弱める。
『なら遠慮なく』
オドが吸収されるのを感じながら戦斧を振り下ろす。すると魔術が発動して先程の石の杭が地面から大量に突き出て周囲の武士達と忍者達を次々と串刺しにしていく。
「使えるな」
『でしょー』
思ったよりも正確で一度は避けた者に対しても僅かな間で誘導を仕掛け追い詰め命中させている。イーディが引き篭もってる結界には決して当てていない。大したものだと言うしかない。
『あっ、左右から魔術が来るわ』
レイの言葉通り魔女とクノイチが攻撃を仕掛けてきた。漸く本命か。石の杭の上から魔女は砂を固めた散弾を放ち、クノイチからは小さな爆発で加速と軌道変更をする手裏剣が放たれる。
両手を同時に動かし戦斧で手裏剣を叩き落とし、刀の衝撃波を渦巻き状に放ち散弾を巻き込んで魔女に返す。
「なぁっ――く」
魔女は魔術を解除して散弾をただの砂にして落とす。その間に石の杭を足場に俺は魔女の浮く場所に向かって跳躍し戦斧を振り下ろす。魔女が真っ二つになった――直後その姿は砂に変わって崩れ落ち、後ろから魔術を発動させようとしている本体がいた。
『あぶ――』
「なくねぇよ」
戦斧を振り下ろしながら魔女からは見えないよう体で隠し後ろで振った刀からの刃状の衝撃波が既に回り込んでおり、魔女を逆袈裟に切り裂いた。赤い鮮血が飛び散る中、石の杭の上に着地する。同時に周囲を囲む砂嵐が止んだ。
これで公園から出れるな。その前にクノイチも倒しておかないと。
後ろに体重をかけて体を後ろに傾けると左右から弧を描いて飛んできた手裏剣が目の前で弾き合う。俺がそのまま頭から落ちていく間に手裏剣は爆発する。そして爆発の光で照らされる地上にあのボンバークノイチが石の杭の影に隠れながらこっちに接近していた。
俺がその姿を視認したことに気付くと、隠れもせずに突っ込んでくる。広げた両腕から大量のマナの気配がした。強力な魔術で一気に押し切るつもりか。
「レイ」
『はいはーい』
落ちながら体を捻って姿勢を変え、逆さまの状態で石の杭の側面を蹴って落下地点を変え速度を速める。
クノイチは俺の動きに戸惑わず、冷静に狙いを修正して広げていた両手を前に伸ばす。魔術が発動して大きな爆発が連鎖して発生しながら俺に向かって来る。
俺が着地するタイミングを狙った上でどんなに素早く動いても逃れられない範囲攻撃だった。無駄だけど。
俺は地面に着地せずそのままの勢いで土の中に潜った。レイの魔術によるものだ。土からあれだけの杭を作り出せるのだから地面の下に潜るのなんて朝飯前だ。砂風の魔女に地中移動を勘付かれる恐れはあったが、そいつは生死不明の戦闘不能状態なので大丈夫だ。
爆発の音と光に紛れ地面に潜った俺はクノイチの真下に移動して土の中から戦斧を振る上げる。地面の中とは思えないほど抵抗なく戦斧を振り回せたのだが、手応えが小さい。寸前に気付いて避けたか。
『避けられたわ。でも足をやれたみたい』
「そうか」
土の中から出ると、クノイチの姿を見つける。ふくらはぎに当たったようで血を流していた。
「くっ……」
「あばよ」
短刀を構え戦意を失っていないクノイチに向けて刀を振って衝撃波を放つ。三日月状の人間一人分の大きさの斬撃っぽい衝撃波にクノイチは短刀で受け止めると同時に爆破で防ごうと試みた。
悪いな、その斬撃って込めた力が尽きるまで留まるように感覚で振ったから。
『……今までのもそうだけど、あれってどうやってるの? その魔導具って衝撃波を出すだけでしょう?』
「振りの際の加減でやってる。あれは武器破壊とか相手の動きを鈍らす時の振りと同じやり方」
『解んない。わっかんないわー。武士上位のその感覚は本気で意味不明』
何か愚痴と文句が混ざった言葉を吐くレイ。まあ言われ慣れてる。
斬撃相手に爆発の魔術を連発し真っ二つになるのを踏み止まっているクノイチを放っておいて俺はイーディの所に行く。
「帰るぞ」
「あれはいいの?」
「動き止まってるし、トドメ刺そうと自爆されても面倒だ」
自爆にお誂え向きの魔術を使っていたので、いざとなれば自爆してきてもおかしくない。付き合ってられないのであのまま足止めしておけばいい。砂嵐も止んでいる事だし、俺はイーディを抱えて学園に戻るのだった。
月が学園である二つの塔の間に浮いている時間に学園長室に到着した俺はイーディを学園長に放り投げて自分に割り当てられた部屋に向かう。何か詳しい話はまた明日と言っていたが、別に何か話す事あったか?
『大っきな塔ね。でも魔術院と違って良い雰囲気じゃない』
頭の中にレイの声が響く。
戦斧は学園長に預けたが縁は繋がっていてある程度離れていても会話ができた。
『あの魔女、奇天烈な格好してるけどまともな感じ。少なくとも目を童のように輝かせて眺めまわしている魔女よりマシ。だからどうにかして』
「それは俺の管轄外だ」
まだ塔の内部に不慣れな俺の為に今日から俺が寝泊まりする部屋へ道案内してくれている宙に浮く光の玉の後ろを歩きながらレイの懇願を一蹴する。
『本当にどうにかして欲しい。この手のタイプの眼力って怖いのよ』
「知らん」
月の塔内部の生徒達の寮になっているフロアに到着して、とある部屋の前で光の玉は動きを止める。ドアの横に付けられたネームプレートには俺の名前とマオの名前があった。
なのでドアを開けるとそこにはマオが椅子に座って勉強していた。
「あっ、用事は終わったんですね。何の用だったんですか?」
「迷子になってたイーディ先生を見つけてきた」
「ああ、あの先生……」
非常に納得したような表情をマオがする。あの女、生徒にそう認識されているらしかった。教師としてそれでいいのか?
「ところで授業のスケジュールとか持ってる?」
「ありますよ。各所に貼ってあるしコピーも談話室に置いてあるから持っていくと良いですよ」
「そうする。明日やってる講義だけ確認したい」
早速明日から授業を受けるので何に参加するかだけ決めておく。文字は読めないが記号として何が何の科目かは覚えている。やはり武芸関係や魔術関係のコマが目立つが、武芸に関しては闘技者時代に散々やったので魔術関係の含めた座学関係で予定を埋めてしまおう。
「ありがと。じゃ、おやすみ」
「はい、おやすみな――え? もう寝るんですか? 夕食なら食堂でまだ食べれますよ」
「眠気が優先。ああ、明るかろうが五月蝿かろうが寝れるから俺の事は気にしなくていいぞ。俺のベッドはこっちでいいのか?」
長旅での疲労に加えてレイにオドを結構吸われて疲れた。何の荷物も置かれていないパリッとしたシーツのベッドの上に寝転び俺は目蓋を閉じて寝る。
眠りに落ちた意識の中でマオが「もう寝たの!?」とか言って驚く声が聞こえた。俺としては骨格まで変えて男のフリしているお前に驚きだよ。骨痛いだろうに。
『やだ、熟睡してるのに意識がある。怖っ』
読み終わったら、ポイントを付けましょう!