(あれ……。急に荷台が私の顔にぶつかってきたと思ったら、なんで私の顔が地面に。まるで、頭の中に心臓があるみたい。脈の音が、とてもうるさい。地面も空もコルストンさんも、全部ぐるぐる回っているし、ぐにゃぐにゃだ……)
「コ、コルストンさ……」
(重い鉄の檻を引くための野猪車、貿易、檻、子ども――……。商品ってもしかして……。こいつだ。こいつが私を、殴り倒したんだ……!)
身体が言うことを聞かないなかで、私の身体から血の気が引いていく。
(あの子たちの見た目は、まるで奴隷だった。私、殺されるの……? それとも、奴隷としてどこかに売られるの……?)
コルストンは私の足を掴むと、草むらの中まで引きずっていった。
「はぁ、はぁ……まさかこんなところでエルフを見つけるとは。ついてんなぁ、今日は。ハハハハ……こいつは高く売れるぞ。悪いな、お嬢ちゃん。恨むならこの世界を恨みな」
コルストンは私を草むらの中に隠すと、どこかに行った。しかし、身体も自由に動かなければ、言葉も出ないため、まだ助けを呼べそうにもない。きっと、走って逃げることもできない。
(でも、逃げたい。逃げたい逃げたい逃げたい逃げたいッ! 動け、動け、動けッ!)
私は指先も動かせない腕を動かし、感覚のない両足を動かし、顔を地面に擦り付けながら少しずつ逃げた。
(涙はこんなに出るのに……。なんで……)
「おいおいおい、どこに行こうとしてんだ、お嬢ちゃん。俺も追われる身にはなりたくねえから、こんなことはあまりやらねえんだけどよ。誰かに話されたら困るから、特別な「奴隷標」を打たせてもらうよ。おいっ、これを飲め」
コルストンが私の口を開け、何かを飲ませた。吐き出したいけれど、喉を締めることも出来ず、身体の中に流れ込んでいく。
「よしよし、良い子だなぁ。これを飲んでくれたら、あとは簡単だから安心してくれよ」
(くそッ、くそッ。なんで私がこんな目に……)
「うぐっ――、ぐぁぁああう……」
(熱い、喉が熱い! 熱くて、痛くて、頭が割れそ……う)
「偉大なる汝の元。全ての罪深い、強欲の魂に戒めを。声奪」
コルストンがそう唱えた瞬間、私の喉は熱さを感じなくなり、私の意識は薄れていった。
* * *
「ゴトンッ、ゴトンッ、ゴトンッ……」という音と、下から突き上げるような揺れで、私は目を覚ました。
両手は後ろで縛られているのか、動かすことができず、視線を上げると鉄の棒が見える。
私は、檻の中にいた。そして――身体を何度も動かし寝返ると、目の前には檻に入った子どもたちがいる。
(えっ、なにこれ……)
私の身体には寒気が走り、じっとりとした冷や汗が止まらなくない。そして、涙が溢れ出す。
子どもたちは、みんな私を見ている。その光景を見て、私は自分の置かれた状況を察した。
(捕まった……。くそっ! くそっ! 早く逃げないと。早く……)
その時、男の人の声がした。
「うおっ! なんだあいつは! さっきまでいなかったよな。おいおい、早くどかねぇと轢いちまうぞ」
(この声は……そうだ、コルストンだ。あいつが私を……)
「おいっ 兄ちゃん! 危ないぞ!」
「えっ、うわっ」
(誰かいる! 今なら、助けを呼べる!)
私は力を振り絞り、大声で助けを呼ぼうとしたが、私の声は出なかった。
声が出ないだけじゃなく、喉に何も感じなかった。舌はある。でも、その先からストンッとお腹に向かって、ただ穴が空いているだけのような感覚。
何ひとつ、声にならなかった……。
(あいつが、コルストンが私に何かをしたんだ! さっき、私に飲ませていたあれだ! くそっ、なんでこんなことに……)
泣き出そうとした時、私は泣き声さえも、出せないことに気づいた。
「なんだあいつ……。どこから出てきたんだ。全く……気を付けな!轢いちまうぞ!」
* * *
泣くことも許されず、助けを求める事もできないなんて。
これから一体どうなるの、どこに連れて行かれるの。
せっかく、異世界で新しい人生が始まると思ったのに。
せっかく神様がこんなに可愛い姿にしてくれたのに。
せっかくあれだけ綺麗な景色がある世界に来たのに……。
どうして私だけこんな目に? 私が何をしたっていうの?
あれだけ辛い人生を我慢してきたのに……、まだ足りないって言うの?
お父さんもお母さんも私をひとりにした。引き取られてからも、いろんなことを我慢した。
友達との遊びも。部活も。洋服も。化粧品も。全部我慢した。
迷惑をかけられない。だから全部我慢した。高校生になったらバイトをして、自分で買うって決めていたのに。
お家でも学校でも、恵美梨に毎日いじめられても我慢したのに。
なんで、みんなが当たり前に持っているものを、私は持っていないの……。
みんなが出来ることを私はさせてもらえないの……。一体、どうして。
私が……、杏奈が一体何をしたっていうの?
こんなことなら死んだほうが良かったよ……、不公平だよ……神様……。
どこにいるのお兄ちゃん……助けてよ、お兄ちゃんーー……
「お姉ちゃん、泣かないで」
声のする方を見上げると、隣の檻の中には、私と同じ耳をした女の子がいた。
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