奴隷日記。

私はエルフに転生して奴隷成金令嬢に仕えることになりました。
クラウス-小説家兼起業家
クラウス-小説家兼起業家

不公平 / ロスト・ボイス

公開日時: 2020年10月7日(水) 01:35
文字数:2,055

(あれ……。急に荷台が私の顔にぶつかってきたと思ったら、なんで私の顔が地面に。まるで、頭の中に心臓があるみたい。脈の音が、とてもうるさい。地面も空もコルストンさんも、全部ぐるぐる回っているし、ぐにゃぐにゃだ……)


「コ、コルストンさ……」


(重い鉄の檻を引くための野猪車、貿易、檻、子ども――……。商品ってもしかして……。こいつだ。こいつが私を、殴り倒したんだ……!)


 身体が言うことを聞かないなかで、私の身体から血の気が引いていく。


(あの子たちの見た目は、まるで奴隷だった。私、殺されるの……? それとも、奴隷としてどこかに売られるの……?)


 コルストンは私の足を掴むと、草むらの中まで引きずっていった。


「はぁ、はぁ……まさかこんなところでエルフを見つけるとは。ついてんなぁ、今日は。ハハハハ……こいつは高く売れるぞ。悪いな、お嬢ちゃん。恨むならこの世界を恨みな」


 コルストンは私を草むらの中に隠すと、どこかに行った。しかし、身体も自由に動かなければ、言葉も出ないため、まだ助けを呼べそうにもない。きっと、走って逃げることもできない。


(でも、逃げたい。逃げたい逃げたい逃げたい逃げたいッ! 動け、動け、動けッ!)


 私は指先も動かせない腕を動かし、感覚のない両足を動かし、顔を地面に擦り付けながら少しずつ逃げた。


(涙はこんなに出るのに……。なんで……)


「おいおいおい、どこに行こうとしてんだ、お嬢ちゃん。俺も追われる身にはなりたくねえから、こんなことはあまりやらねえんだけどよ。誰かに話されたら困るから、特別な「奴隷標どれいひょう」を打たせてもらうよ。おいっ、これを飲め」


 コルストンが私の口を開け、何かを飲ませた。吐き出したいけれど、喉を締めることも出来ず、身体の中に流れ込んでいく。


「よしよし、良い子だなぁ。これを飲んでくれたら、あとは簡単だから安心してくれよ」


(くそッ、くそッ。なんで私がこんな目に……)


「うぐっ――、ぐぁぁああう……」


(熱い、喉が熱い! 熱くて、痛くて、頭が割れそ……う)


「偉大なる汝の元。全ての罪深い、強欲の魂に戒めを。声奪せいだつ


 コルストンがそう唱えた瞬間、私の喉は熱さを感じなくなり、私の意識は薄れていった。



  * * * 



「ゴトンッ、ゴトンッ、ゴトンッ……」という音と、下から突き上げるような揺れで、私は目を覚ました。


 両手は後ろで縛られているのか、動かすことができず、視線を上げると鉄の棒が見える。


 私は、檻の中にいた。そして――身体を何度も動かし寝返ると、目の前には檻に入った子どもたちがいる。


(えっ、なにこれ……)


 私の身体には寒気が走り、じっとりとした冷や汗が止まらなくない。そして、涙が溢れ出す。


 子どもたちは、みんな私を見ている。その光景を見て、私は自分の置かれた状況を察した。


(捕まった……。くそっ! くそっ! 早く逃げないと。早く……)



 その時、男の人の声がした。


「うおっ! なんだあいつは! さっきまでいなかったよな。おいおい、早くどかねぇと轢いちまうぞ」


(この声は……そうだ、コルストンだ。あいつが私を……)


「おいっ 兄ちゃん! 危ないぞ!」

「えっ、うわっ」


(誰かいる! 今なら、助けを呼べる!)


 私は力を振り絞り、大声で助けを呼ぼうとしたが、私の声は出なかった。


 声が出ないだけじゃなく、喉に何も感じなかった。舌はある。でも、その先からストンッとお腹に向かって、ただ穴が空いているだけのような感覚。


 何ひとつ、声にならなかった……。


(あいつが、コルストンが私に何かをしたんだ! さっき、私に飲ませていたあれだ! くそっ、なんでこんなことに……)


 泣き出そうとした時、私は泣き声さえも、出せないことに気づいた。


「なんだあいつ……。どこから出てきたんだ。全く……気を付けな!轢いちまうぞ!」



  * * *


 泣くことも許されず、助けを求める事もできないなんて。


 これから一体どうなるの、どこに連れて行かれるの。


 せっかく、異世界で新しい人生が始まると思ったのに。

 せっかく神様がこんなに可愛い姿にしてくれたのに。

 せっかくあれだけ綺麗な景色がある世界に来たのに……。


 どうして私だけこんな目に? 私が何をしたっていうの?

 あれだけ辛い人生を我慢してきたのに……、まだ足りないって言うの? 


 お父さんもお母さんも私をひとりにした。引き取られてからも、いろんなことを我慢した。

 友達との遊びも。部活も。洋服も。化粧品も。全部我慢した。

 迷惑をかけられない。だから全部我慢した。高校生になったらバイトをして、自分で買うって決めていたのに。


 お家でも学校でも、恵美梨に毎日いじめられても我慢したのに。

 なんで、みんなが当たり前に持っているものを、私は持っていないの……。

 みんなが出来ることを私はさせてもらえないの……。一体、どうして。


 私が……、杏奈が一体何をしたっていうの?


 こんなことなら死んだほうが良かったよ……、不公平だよ……神様……。 

 どこにいるのお兄ちゃん……助けてよ、お兄ちゃんーー……


「お姉ちゃん、泣かないで」


 声のする方を見上げると、隣の檻の中には、私と同じ耳をした女の子がいた。

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