奴隷日記。

私はエルフに転生して奴隷成金令嬢に仕えることになりました。
クラウス-小説家兼起業家
クラウス-小説家兼起業家

噛じる × 噛む

公開日時: 2020年10月12日(月) 21:38
文字数:2,475

「おい、リータ! 何してるんだッ!」


 コルストンが、荷台から出てこないリータを不審に思い、声を荒げる。その声に反応するようにして、リータは動かなくなった子どもを抱きかかえ、荷台から外へと出て行った。


「どうしたんだ、一体……おい、まさか――」


「死んでいます」


 リータの表情は見えなかったが、その声は感情の起伏が全く感じられないものだった。一方、コルストンは悲しむ様子もなく、リータに抱きかかえられた子どもの顔を覗き込んでいる。


「おいおい、またかよ。チッ――、林の中にでも埋めてこい」


「はい」


(あいつ、埋めてこいって言った……本当に、本当に腐っている)


 リータは、子どもを荷台に寝かせると、荷台の中に乗り込み、木箱の中からスコップのような道具を取り出した。そして、子どもを抱きかかえ、林の中へと消えて行く。


 コルストンは、子どもがどうして命を落としたのかさえ調べようとしなかった。

 自分が連れている子どもなのに、何ひとつ興味を持っていない。


(これが、本当に人間のすることなの……)


 荷台に乗っている他の5人の子どもたちを見ると、怯えた目をしていた。



 * * *



 辺りはすっかり暗くなり、虫の音だけが聞こえている。月の光が荷台を覆う布の隙間から射し込み、檻を照らすことで、より冷たく、無機質な質感をより際立たせ、ここからの脱出を絶望できな気分にさせた。


 コルストンや他の子どもたちはみんな寝ていたが、リータだけは外にいて、焚き火のそばで座っている。


(リータ、何をしているんだろう。もしかして、朝まで見張りをするつもりなのかな)


 あの時、リータが見せた人間離れした動きがあれば、簡単に逃げ出せるはずなのに、そうしない理由――きっとこの首輪だ。


 私は、体育座りのような姿勢で、檻にもたれかかった。


(神様はきっと、私がこんな目に遭っていることを知らないんだよね……。知ってたら、きっと助けに来てくれてるはずだもんね……)


 そう考えると、私の目にはまた涙が溢れ出してきた。



 * * * 


【異世界生活 二日目】



 目を覚ますと、あたりはすっかり明るくなり、鳥のさえずりが聞こえる。

 どうやら、あのまま寝てしまっていたようだ。


 他の檻を確認すると、起きている子どもが何人かいた。


 そして、荷台の外では、ミエーラが昨夜同様、調理をしている。リータもまだ起きていた。おそらくコルストンの朝ごはんを、準備しているのだろう。


 その時、私のお腹から「くぅーっ」と、頼りない音が聞こえた。


(なんでこんな時に……)


 昨日から、何も食べていない。私は、こんな状況に置かれても、お腹が空いてしまう自分に腹が立ったが、あることを思い出した。


(エルフも、お腹が空くんだ。こんなことになっていなかったら、笑い話にできることだったのに)


 その時、こっちに向かって歩いて来たリータが、荷台へと乗り込んだ。そして、持っていた麻袋から、丸いテニスボール程の大きさの何かを取り出すと、ひとりひとつずつ配りだした。


(もしかして、朝ご飯かな)


 リータは私の前まで来ると「手」と言った。

 言われる通り手を出すと、リータは私の手のひらにパンのようなものを置く。


 握ってみると、表面はフランスパンのように硬い。匂いは、かすかに小麦のような匂いがするけれど、私には何で出来ているのかは分からなかった。


 まわりの子どもたちは、そのパンのようなものに、一生懸命かじりついている。そのため、荷台の中には「ガリガリガリ」という、歯が硬い表面を削る音が重なり合って聞こえていた。


(こんなご飯じゃ、あの子たちもいずれ昨日の子みたいに……)


 その時、外で「パチンッ」という音がしたあと「熱いっ!」というミエーラの声とともに、何かが地面に落ちる音がした。


 どうやら、ミエーラに焚き火の粉が飛んできて、持っていたコルストンの食事を落としたようだ。


 私の場所からではコルストンの顔は見えないが、コルストンはミエーラの方を見ている。


(――ミエーラ!)


 私は、コルストンがミエーラに何かするんじゃないかと心配したが、コルストンは落ち着いた口調で話した。


「まったく、もったいないなー。ちゃんと片付けておけよ」


 コルストンが何もしなかったことに、私はとても驚いた。


「ご、ごめんなさい」


 ミエーラが落ちた木の皿と、料理を手で拾い集めている。


 その時、リータが荷台から外に出ていき手伝おうとしたが、コルストンが「こいつにさせろ」と言った。


 ミエーラが拾い終わると、コルストンがミエーラを呼び止める。


「これ、もったいないな。食っていいぞ」


 (――あいつ……! 私の予感は間違っていなかった。やっぱり、この男は腐っている――……!)


「えっ、でも……」


「でもじゃねぇよ。食え」


 ミエーラが助けを求めるような表情でリータを見たが、リータはミエーラを無視するようにして、荷台の中へと戻ってきた。


「おい、早く食えよ」


「は、はい……」


 ミエーラは、ボロボロと涙を流しながら、時間をかけて言われたことをやり遂げたのだ。その長い時間は、とても見ていられるものではなく、私は途中で目を逸らしてしまっていた。


「ガァッハッハッハ! 本当に食いやがった! どうだ、美味いか? 良かったな〜」


 コルストンは腹を抱えながら笑っていた。そしてその横では、ミエーラが苦しそうに顔を歪めながら、泣いている。それでも、決して泣き声をあげなかったミエーラの気持ちを考えると、胸が引き裂かれるような思いだった。


 (コルストン……。絶対に許さない。お前を、お前を、お前を……!)


 私の心は、コルストンへの憎悪で溢れ、無意識に噛み締めていた下唇からは、血が流れている。


 その時――


「おいっ、どうしてその子は泣いてるんだい」


 低い男の人の声が、荷台の布の向こうから聞こえた。どうやら、誰かが泣いているミエーラを見て、コルストンに声をかけたようだ。


(――助かるッ!)


 私はそう思い、助けを求めようと大声を出そうとしたが、声が出ない。


(焦って忘れていた。そうだ、何か音を出せば気付いてもらえる!)


 私の目に、持っていた硬いパンのようなものが目に入った。これで檻を叩いて音を出そうと、私は振りかぶった――……。

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