「おい、リータ! 何してるんだッ!」
コルストンが、荷台から出てこないリータを不審に思い、声を荒げる。その声に反応するようにして、リータは動かなくなった子どもを抱きかかえ、荷台から外へと出て行った。
「どうしたんだ、一体……おい、まさか――」
「死んでいます」
リータの表情は見えなかったが、その声は感情の起伏が全く感じられないものだった。一方、コルストンは悲しむ様子もなく、リータに抱きかかえられた子どもの顔を覗き込んでいる。
「おいおい、またかよ。チッ――、林の中にでも埋めてこい」
「はい」
(あいつ、埋めてこいって言った……本当に、本当に腐っている)
リータは、子どもを荷台に寝かせると、荷台の中に乗り込み、木箱の中からスコップのような道具を取り出した。そして、子どもを抱きかかえ、林の中へと消えて行く。
コルストンは、子どもがどうして命を落としたのかさえ調べようとしなかった。
自分が連れている子どもなのに、何ひとつ興味を持っていない。
(これが、本当に人間のすることなの……)
荷台に乗っている他の5人の子どもたちを見ると、怯えた目をしていた。
* * *
辺りはすっかり暗くなり、虫の音だけが聞こえている。月の光が荷台を覆う布の隙間から射し込み、檻を照らすことで、より冷たく、無機質な質感をより際立たせ、ここからの脱出を絶望できな気分にさせた。
コルストンや他の子どもたちはみんな寝ていたが、リータだけは外にいて、焚き火のそばで座っている。
(リータ、何をしているんだろう。もしかして、朝まで見張りをするつもりなのかな)
あの時、リータが見せた人間離れした動きがあれば、簡単に逃げ出せるはずなのに、そうしない理由――きっとこの首輪だ。
私は、体育座りのような姿勢で、檻にもたれかかった。
(神様はきっと、私がこんな目に遭っていることを知らないんだよね……。知ってたら、きっと助けに来てくれてるはずだもんね……)
そう考えると、私の目にはまた涙が溢れ出してきた。
* * *
【異世界生活 二日目】
目を覚ますと、あたりはすっかり明るくなり、鳥のさえずりが聞こえる。
どうやら、あのまま寝てしまっていたようだ。
他の檻を確認すると、起きている子どもが何人かいた。
そして、荷台の外では、ミエーラが昨夜同様、調理をしている。リータもまだ起きていた。おそらくコルストンの朝ごはんを、準備しているのだろう。
その時、私のお腹から「くぅーっ」と、頼りない音が聞こえた。
(なんでこんな時に……)
昨日から、何も食べていない。私は、こんな状況に置かれても、お腹が空いてしまう自分に腹が立ったが、あることを思い出した。
(エルフも、お腹が空くんだ。こんなことになっていなかったら、笑い話にできることだったのに)
その時、こっちに向かって歩いて来たリータが、荷台へと乗り込んだ。そして、持っていた麻袋から、丸いテニスボール程の大きさの何かを取り出すと、ひとりひとつずつ配りだした。
(もしかして、朝ご飯かな)
リータは私の前まで来ると「手」と言った。
言われる通り手を出すと、リータは私の手のひらにパンのようなものを置く。
握ってみると、表面はフランスパンのように硬い。匂いは、かすかに小麦のような匂いがするけれど、私には何で出来ているのかは分からなかった。
まわりの子どもたちは、そのパンのようなものに、一生懸命齧りついている。そのため、荷台の中には「ガリガリガリ」という、歯が硬い表面を削る音が重なり合って聞こえていた。
(こんなご飯じゃ、あの子たちもいずれ昨日の子みたいに……)
その時、外で「パチンッ」という音がしたあと「熱いっ!」というミエーラの声とともに、何かが地面に落ちる音がした。
どうやら、ミエーラに焚き火の粉が飛んできて、持っていたコルストンの食事を落としたようだ。
私の場所からではコルストンの顔は見えないが、コルストンはミエーラの方を見ている。
(――ミエーラ!)
私は、コルストンがミエーラに何かするんじゃないかと心配したが、コルストンは落ち着いた口調で話した。
「まったく、もったいないなー。ちゃんと片付けておけよ」
コルストンが何もしなかったことに、私はとても驚いた。
「ご、ごめんなさい」
ミエーラが落ちた木の皿と、料理を手で拾い集めている。
その時、リータが荷台から外に出ていき手伝おうとしたが、コルストンが「こいつにさせろ」と言った。
ミエーラが拾い終わると、コルストンがミエーラを呼び止める。
「これ、もったいないな。食っていいぞ」
(――あいつ……! 私の予感は間違っていなかった。やっぱり、この男は腐っている――……!)
「えっ、でも……」
「でもじゃねぇよ。食え」
ミエーラが助けを求めるような表情でリータを見たが、リータはミエーラを無視するようにして、荷台の中へと戻ってきた。
「おい、早く食えよ」
「は、はい……」
ミエーラは、ボロボロと涙を流しながら、時間をかけて言われたことをやり遂げたのだ。その長い時間は、とても見ていられるものではなく、私は途中で目を逸らしてしまっていた。
「ガァッハッハッハ! 本当に食いやがった! どうだ、美味いか? 良かったな〜」
コルストンは腹を抱えながら笑っていた。そしてその横では、ミエーラが苦しそうに顔を歪めながら、泣いている。それでも、決して泣き声をあげなかったミエーラの気持ちを考えると、胸が引き裂かれるような思いだった。
(コルストン……。絶対に許さない。お前を、お前を、お前を……!)
私の心は、コルストンへの憎悪で溢れ、無意識に噛み締めていた下唇からは、血が流れている。
その時――
「おいっ、どうしてその子は泣いてるんだい」
低い男の人の声が、荷台の布の向こうから聞こえた。どうやら、誰かが泣いているミエーラを見て、コルストンに声をかけたようだ。
(――助かるッ!)
私はそう思い、助けを求めようと大声を出そうとしたが、声が出ない。
(焦って忘れていた。そうだ、何か音を出せば気付いてもらえる!)
私の目に、持っていた硬いパンのようなものが目に入った。これで檻を叩いて音を出そうと、私は振りかぶった――……。
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