奴隷日記。

私はエルフに転生して奴隷成金令嬢に仕えることになりました。
クラウス-小説家兼起業家
クラウス-小説家兼起業家

ちりん、ちりん

公開日時: 2020年10月9日(金) 17:20
文字数:1,990

 首輪をつけたあと、彼女は先端に鈴のついた15cmほどの鉄の部品を取り出し、私の首の後ろに取り付けようとしている。彼女が力を入れるたびに「ちりん、ちりん」と乾いた鈴の音がしていた。


 日本でペットとして飼われている猫や犬は、首輪をつけられることが多い。それはダニを取るためだったり、迷子にならないように住所を書くためだったり、散歩に行くためのリードをつけやすいとか、いろいろな理由がある。そして時には、首輪と一緒に鈴をつけているペットを見かけることもある。


 でも、私につけられた首輪の理由は、きっとそんな優しいものじゃない。商品が逃げ出さないために、逃げ出してもすぐに分かるように、捕まえられるようにしているものだ……。


 首輪と鈴をつけ終わると、彼女は私に話しかけた。


「後ろ、ほどくけど、逃げ出してはいけない」


 彼女がどのような顔で私に言っているのか知りたかったけど、早く手を自由にしたいという思いから、私はただ頷いた。


 私の腕は、手首のあたりで紐のようなものによって何重にも結ばれていたらしい。全てをほどき終わると、私は床にうつ伏せになるようにして倒れ込んだ。後ろに回されていた腕は自分では動かせないほどに感覚を失い、身体を左右に動かすことで手が背中から床の方へ落ちた。


 ゆっくり、じんわりと、血が肩から肘を超え、指先に向かって流れていくーー


 彼女は立ち上がると、次にミエーラの檻を開けようとしているようだった。

 私の腕はこれまでに経験したことがないほどの痺れに襲われ、まだ動けそうにもない。


 檻が開くと、ミエーラが私のところに駆け寄ってきた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 ミエーラは私の背中に手をおき、優しくさすっている。きっと、体調の悪い人がいたときは背中をさするようにと、誰かに教わったのかもしれない。


「そこのエルフ、外に出て」

「は、はい……」


 彼女は、私の両肩を掴むと転がすようにして私を仰向けにし、お姫様抱っこのような形で私を抱き上げた。

 そして、荷台から飛び降りるとそのまま林の中へと入っていく。


 私を抱きかかえたまま、高さのある荷台から飛び降りる身体能力とは対照的に、薄いピンク色のショートカットに赤い目が綺麗な女性だった。


「与えられた時間は僅かだ。その間に済ませてこい」


 彼女はどうやら、トイレのことを言っているようだ。


 私は、目の前にあった木に寄りかかりながら、彼女に見えないよう木の裏側まで移動し、腰を下ろす。履いているものを脱ごうとした時、私は、自分がスカートの下にレギンスのようなものを履いていることに気づいた。


(そうだ。この服って私が着たわけじゃないんだった。どうやって脱ぐんだろう……)


 自分が着ているものさえ脱ぎ方が分からず、首輪をされたままこのような場所でトイレをしなければいけない現実に、私は情けなくなった。


 レギンスのようなものを下ろし用を足していると、目の前に広がる林が私を誘惑しはじめる。


(薄暗いけど、まだ見える。もし、林の中に逃げ込めば逃げきることが出来るんじゃ……)


 そう頭によぎった時、私の考えを見透かしているかのように「馬鹿なことは考えない方がいい」と、彼女が言った。


 用を足し終わると、彼女は手を貸そうとしたが、私はゆっくりでも自分の足で歩くことを選んだ。


 そして一緒に野猪車やちょしゃの方へ歩いていくと、荷台のすぐそばでミエーラが火を起こし、コルストンが何かを調理しようとしていた。


(こいつ、私にあれだけのことをしておきながらこんなにも堂々と……。この世界、それかこいつにとってこれはそれくらい日常的なことだっていうの……)


 荷台の近くまで来ると、コルストンが私に話しかけた。


「おいっ、お嬢ちゃん。気分はどうだい」


 聞くだけでも不快になるその声が、私に向かって発せられている。


(この男……。本当に......してやりたい)


「おいおい、無視するなよ。あっ、そっか。話せないんだったな。ハハハハ。まぁ、そんな怒んなって。どうせあんなところにいたのも、何か厄介ごとに巻き込まれてんだろ、お前」


 コルストンが立ち上がり、私たちの方へ歩いてくる。私はコルストンの方に身体を向け、見たくもない男の顔を睨みつけた。


「おい、そんな目で見るなって。悪かったな、乱暴してよ。王都に行ったら金稼がせてやるから。なっ」


 そう言うと、コルストンが私の頭を右手で触った――……

 その瞬間、私の右手はコルストンの頬をめがけて振り抜こうとしていた――


 しかし、私の手はあと数センチというところで届かなかった。

 私の後ろにいたはずの彼女が、私の手首を掴まえたのだ。


「やめろ、早く中に戻れ」


 コルストンは叩かれたと思ったのだろう、顔がこわばるほど驚いていた。


「はは、いいぞ。リータ。さっさと檻に入れておけ」


(悔しい……、悔しい……。あいつを、あいつを……! ――してやりたい……)


 私は、彼女が見ている前で、自分の入っていた檻の中に戻った。

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