振り下ろした私の手は、リータによって止められた。以前と同じだ。リータは私の行動を予測していたかのように、私の前に一瞬で移動し、手首を掴んだ。
「やめておけ」
(邪魔しない――えっ……)
私の邪魔をするリータを睨みつけようとした瞬間、私は金縛りにでもあったように動けなくなる。そして、あれほど膨れ上がっていたコルストンへの憎悪が、嘘のように消えていった。
(なに、今のは……。リータの眼を見た瞬間、まるで……)
私は振り上げていた手を、下ろしていた。
その時、コルストンが嘘くさい笑顔を浮かべながら、荷台に歩み寄る。
そして荷台が見えないように、布を閉めた。
「いや〜、この子が気分悪いって言うんでね。それより、こんなところでどうしたんですか? ドワーフの旦那。これから王都へ行くんですか?」
「ああ、そうだが。その子、本当に大丈夫なのか?」
外では、コルストンと誰かが話している。
その時、リータが外へと出ていった。
「心配してくれてありがとうございます。でも、いつものことですから本当に大丈夫ですよ。あぁ、ミエーラ。ちょっと、中で休ませてやってくれ」
「はい。ミエーラさん、中で休みましょう」
それは、リータらしくない話し方だった。
リータは、泣いているミエーラを荷台の中へと抱え上げた後、自身も乗り込んだ。そしてリータは、ミエーラを檻の中へと案内した。
「そうか、ならいいんだが。こいつらは、王都に連れて行くのか?」
「はい、そうですよ。旦那も、必要でしたら言ってくださいね。いい奴隷、紹介しますよ」
「オレはいらねぇよ。中、見てもいいかい?」
その言葉を聞いて、リータの顔に少しの緊張が走る。
「ええ、もちろんいいですよ。でも、この子らはまだ教育が済んでいないので、売り物にはならないですけどね」
そう言いながらコルストンが布を開けると、そこには髭を生やした身長の低いおじさんがいた。
(もしかして、これがドワーフ?)
ドワーフは檻の中を一通り見回し、最後に私と目が合った。
「こいつらは、どこから連れてきたんだ」
「旦那、仕入れ先は教えられないですよ〜。でも、どれもいい子ばっかりですよ」
「いい子、ね……このエルフも奴隷なのか?」
ドワーフが、私を見ながらコルストンに尋ねる。
「もちろんです。上物ですよ」
「そうか、だろうな」
そうして、コルストンは布を閉めた。
リータの眼を見たあとから、憎悪や逃げ出したいという強い思いは消えてしまっている。助けてほしいとは思うものの、その気持ちは、表情に表すほどのものではなかった。
「旦那は、王都に何をしに行くのですか?」
「鍛冶の指導さ」
「それはすごいですね。それじゃあもしかして、オレタニア王国から来られているんんですか?」
「あぁ、そうだ。二カ国間技術協定なんてなけりゃあ、誰が人間の国になんか行くかよ」
「それもそうですね」
ふたりはしばらく外で話したあと、ドワーフはその場を離れたようだ。
その時、リータは水筒のようなものをミエーラに渡した。ミエーラは、それを泣きながら飲んでいる。
(リータは、きっと特別な力を持っているのかもしれない。さっき、ミエーラのことを助けなかったけれど、コルストンの見ていないところでは優しいんだ……)
私は、リータの眼を思い出していた。
あの眼を見たあとから、不思議とリラックス出来ていた。唇を噛み締めるほどの憎悪も嘘のように消えている。お腹は空いていたが、今ならぐっすり眠れる気がしたので、私は眠ることにした。
(リータ、ありがとう)
私は檻の中で横になると、目を閉じた。
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