【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者/ 《怜(とき)》 砂漠で出会った謎の美人/ 《珠々(すず)》 資料室で出会った可愛い女性
けれど彼女は僕と再び目があったときに、口を開いた。
「亘平……」
怜はいつになく心配そうに僕に話しかけた。僕は怜の声で自分の内側の感情が波立つのを感じて、思わず顔をそむけた。
いま、ここで起きていない悲惨なこと、そしてそれでもここに生きている人たちの中につながっていることが複雑に僕に呼びかけてきて、僕はほとんど耳をふさぎたい気分だった。……怜の声にさえもね。
僕は言った。
「……ちょっとやっぱり腹具合が悪いみたいだ。体が丈夫なのだけが取り柄だってのにね! 怜さん……別の日にまた……」
すると仁さんが突っ伏したままこう言った。
「怜さん、亘平さんに連絡先わたしてやってください。また飲みなおしましょう」
いまの仁さんに逆らえるものは誰もいなかった。怜はすぐに袖からアンティークのビジネスリングをのぞかせ、僕もぼろぼろのビジネスリングをそれにかざした。
怜のリングは古いから、転送完了の緑の光を放つんだけど、それと同時になぜかカラン、と留め具が開錠されてリングがテーブルの上に落ちた。
それを怜ははっとしてすぐに手元に引き寄せようとしたけど、僕にはリングの内側に書かれた文字がはっきりと見えた。
「怜へ……J.S.」
***
すべての嵐がいちどきに襲ってきたような一日を過ごして、僕は家に帰った。いつもの通りジーナが僕を迎え、僕はジーナと遅めの夕食をとった。
ジーナはときおりごはんのお皿から顔をあげて、僕の顔をうかがった。ジーナも何かおかしいと感じているのだ……まったく、怜とジーナのカンの良さと言ったらなかった。
「どう思われるか知らないけれど、これは形見です」
あの酒場で怜と再会したとき、彼女が鳴子さんに言っていた言葉が思い出された。……形見? 形見にイニシャルなど彫るだろうか? 誰の形見だというのか……? 怜は本当のことを言っているのだろうか。
「亘平、あんたのまっすぐさが通じる相手じゃない気がするんだよ……」
鳴子さんの忠告が僕の頭に響いた。『はじめの人たち』はただ地球を裏切っただけじゃなかった。怜は? 怜は僕を信じると言った。僕は……?
あまりにも考えが巡りすぎて、僕は思わず壁を殴った。ジーナがいるからできる限り抑えていたけど、それでもこぶしには擦り傷ができた。
その日はまったくうなされるような寝苦しい夜で、頭の中でたえず誰かが話していた。鳴子さんのような声がジーナを呼んだかと思えば、仁さんが何かをぼやいていたり、大勢の人がなにかをわめいていたりした。
「……平……こう平……亘平」
その中に、懐かしい女の人の声がこだました。するとすべての雑音が消えて、僕はとても安らいで……目が覚めた。
僕の涙をジーナがなめていた。
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