【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者
もし僕を罰するのが目的なら、センターはいまごろ僕を生かしてはおかないだろう。
猫に逆らう人間がどうなるかって……?
僕が知っているたった一つの例は、小さいころの記憶だ。
僕はいわゆる『火星世代』で、両親ともにセンターとは何にも関係ない普通の市民だった。
だからもちろん、センターから『子猫』が割り振られることもなかったよ。
だけど、僕の同級生のところには『子猫』がやってきてね……。
まいにち同級生が子猫について自慢するのを聞かされたよ。
その子はたしか地上の第一ポート駅に引っ越して、そして僕もたまに遊びに行くことができた。
シールド地域は薄い膜でおおわれてるって言ったよね。あの地域の中は空気が濃いから、その膜は自然に丸く風船みたいにふくらんでるんだ。そしてその中には、外では育たない植物たちがさんさんと降りそそぐ光の中で生い茂っている。
地球に住んでる君たちには何のことはないかもしれないけれど、僕たちにとってそれはとんでもなく贅沢なことなんだよ。
同級生は、自分の兄弟みたいに子猫を可愛がっていて、僕らみんなうらやましがったものさ。
それでね、子猫は6歳になるとセンターに渡さなければならない。
どんなに仲のいい家族でも、それは絶対に守らなければならないことなんだ。
同級生の家族はそれができなかった。センターが来たときに、逆らったのさ。
……それで、どうなったかって? 同級生の家族は、家族ごと、きれいに消えたよ。
学校の先生が『D君の家はセンターに子猫を渡さなかったので、D君もご家族も引っ越しになりました』って、それだけさ。
詳しい話は全くなくって、もう誰も何も話せない雰囲気なんだ。
彼らがどうなったか僕たちは知らない。でも、あのときはみんな当然だと思ってた。
センターに逆らったんだから。
『宇宙猫同盟』に属する、人間たちみんなのものである『子猫』を、自分たちだけのものにしようとしたんだから。
でも、今になってようやく、家族を取られるつらさをようやくわかったのさ。
ジーナを失って、はじめてね。
センターがなぜジーナを連れ去ったのかって……?
僕にもよくわからない。でも、最初からジーナはセンターの生み出した子猫ではなかった。それは確実だ。だって、子猫が迷子にでもなろうものなら、夜中でもサイレンが鳴って、人間たちみんなで探すぐらいなんだから。ジーナはセンターに登録されていない子猫なのさ。
じゃあ、ジーナはどこから来たのかって……?
それはおそらく、あの日、一年前の今日、僕が出会った人たちと関係があると思う。
シールドのない荒野にすむひとびとさ……。
もう何となくわかったろう、彼らは僕たち『火星世代』でも、鳴子さんたち『開拓団』でもない。
彼らは『はじめの人たち』なんだ。
センターは彼らの存在を決して認めないけれど、彼らは僕らとは違う暮らしをしているんだ。
火星の一年は24か月だ。
だから、火星の一年前っていうのは地球で言うなら、2年前のことだね。
火星の冬は6か月も続くから、それはうんざりさ。
まあ、地下で暮らしてるとそれほど気温の差はないけれどね。それでも人工日照は短くなるし、なんとなく憂鬱にもなる。
シールド地域は植物を育てるために閉じられているから、冬もふきさらしの場所よりは暖かい(でも地下に比べればとても寒いけどね)。
それで、シールド地域にいる人たちは冬の時期だけは僕たちをうらやましがるのさ。
ポーター(火星の電車のようなもの)のなかでも、この時期はシールド地域に住んでるか、そうでないかは一目瞭然だ。だってシールド地域の人はずいぶんと厚着をしているからね。
この時期、ポーターの中で雪だるまみたいにモコモコの人を見かけたら、間違いなくシールド地域に住んでる人ってことだ。
で、一年前の今日だよね。僕はジーナとは別の運命の出会いをした。
そのころ、僕は数年前から(地球で言うなら4、5年前から)月イチで地上にツーリングに行くようにしていた。でも、実はツーリングというのは名ばかりで、本当はいつも『東のオアシス』に行って一日のんびり過ごしていたのさ。
『東のオアシス』は、シールド地域で使われた水がドーム内で集めきれずに貯まる低地だ。コケ類や、シダ類が茂っている。ソテツの大木もあるよ。
……なんのためにツーリングするのかって?
ジーナのためだよ。ジーナが日光浴できるようにするためさ。
そのころ、ジーナはモグリの仁さんからもらったビタミン剤だけではやっぱり調子を崩すようになっていた。仁さんによれば、普通の猫には十分なビタミンの量をあげているっていうことなんだけど、ジーナには足りなかったんだ。
他にも、ジーナには少し他の猫とは違うところがあった。
遥さんによれば、センターの猫たちはみんな毛が短くてすらりとしているんだけど、ジーナは毛が長くて、タヌキみたいに真ん丸なんだ。
そして、最初に非シールド地域に日光浴に連れて行ったときは、調子を崩さないかとても心配したんだけど、調子を崩すどころか本当にツヤツヤになった。
一年前の今日も、そうやって僕たちはオアシスの木陰で休んでいた。
ジーナから目を離さないように気を付けていたんだけど、僕は宇宙服(宇宙線防護服)をきていたから、視界がちょっと狭かった。
それで、一瞬のすきにジーナが見えなくなってしまったんだ。
それでもいつもならすぐに
「ぱっぱにゃ!」
って僕のことを呼ぶんだけど、そのときはいくら探しても見つからなかったんだ。
ジーナを見失って、胸が早鐘のように打った。
僕はいつもジーナが上るソテツの木のまわりを、バカみたいにぐるぐるした。
それで、ソテツの木の上に人影を見つけたときの僕の驚きと言ったら!
その人は、ソテツの枝の上から、ジーナを胸に抱いて、僕を見下ろしていた。
銀色の織物に身を包んだ黒い瞳の女性だった。その目は微笑を含んでいるようで、つかみどころがなく、しかし何かをじっと探るような雰囲気だった。
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