ネコカイン・ジャンキー! ~サラリーマン亘平編~

火星でにゃんこハザード! 魔薬に猫腹に恋に冒険!
スナメリ@鉄腕ゲッツ
スナメリ@鉄腕ゲッツ

第七十二話 採掘場-5

公開日時: 2020年11月17日(火) 11:12
文字数:1,693

【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者/ 《怜(とき)》 砂漠で出会った謎の美人/ 《珠々(すず)》 資料室で出会った可愛い女性/ 《オテロウ》秘密計画で会社に来ている《センター』の猫

 ぼんやりとした意識の中で、僕はジーナの重みを胸に感じた。それは子猫時代のジーナで、まだ家に来て数週間ぐらいのときの重さだった。

 僕がジーナを見ると、ジーナは心配そうな顔で僕をのぞき込んだ。何か言いたげだけど、僕が耳を澄ませても何もしゃべらない。僕はもうジーナを逃がすまいと、いっしょうけんめい右手でジーナをつかんだ。ただ、その顔はいつの間にか猫じゃなくなって、人間のような、もっというとのぞき込む瞳だけのような存在になっていた。


「おい、亘平! 亘平!」


 僕は上川さんの声で気が付いた。待避所には緊急の冷風装置が地上から降ろされていて、僕はベッドの上で急速に『冷却』されていた。


「気が付いたか、まさかしょっぱなから気絶するとはな」


 僕は首を起こすと、自分の右手を見た。そこにあったのはゴーグル式の赤外線スコープだった。道理で夢の中のジーナが軽かったはずだ。


「命綱だって言ったら後生大事に握りしめてやがるよ」


 仲嶋さんが笑いながらそういうと、僕の手からスコープを受け取った。


「悪いことはいわねえ、おまえさんはここには向いてねえよ。いちど上がるぞ、下田、おまえ道具持って上がってこい」


 上川さんはそういうと、僕はほとんど上川さんと仲嶋さんの肩に両腕を担がれながら待避所をでて(待避所の外はまた気を失いそうな熱さだった)、エレベーターで地上にあがった。

 下田さんは僕のかわりに道具を一式持ってきてくれた。

 僕はただ、向いてない、という言葉をぼんやり頭の中で繰り返した。そうか、僕はここも追い出されるのか、というにぶいあきらめの気持ちが、吐き気とともに胸に上がってきた。


 僕は文字通り、空っぽな気持ちで詰所でしばらくのびていた。まったく情けなくて、涙もでないありさまだ。上川さんたちはすぐに作業のためにまた坑道を降りて行った。


「残念だったな」


 池田さんはそう言った。僕は体も起こさずに、しかも池田さんの方も見ずに言った。どうせもうここにもいられないのだ。


「どうして上川さんたちは耐熱服も着ないでやるんですか。これじゃとても身が持たない」


「なんでだと思う? 奴らは完全な出来高だからな。この鉱脈が有望かどうか、とにかく会社に言われた既定の量を採取してきてはじめてカネになる。会社の配るようなバカ厚ぼったい耐熱服きて、あんたあの絶壁にぶら下がれるかい? 救助の時は担いで退避するのに、あんな重たいもの運べるかい?」


「それでも会社は耐熱服を予算計上し続ける……と」


 池田さんは、ははは、と大きく笑った。


「それだけ減らず口が利けりゃあいいな。おい、山風さん。それでもダメなもんはダメだ。詰所のシャワーでも使ってさっぱりして、どうか本部におとなしく戻ってくださいよ」


 僕は黙った。まだしばらく動く気力はなかった。

 小一時間そうしていて、ようやくの思いで体をおこすと、保管箱の中からビジネスリングを取り出した。珠々さんからまた一件の着信が入っていた。

 僕は『かわます亭』に行ける時間を珠々さんに送ると、ついでに地上駅の近くにホテルをとってもらうようにメールした。自分でも情けなかったけれど、会社の近くや、開拓団の近くにいたくなかった。

 池田さんはようやく椅子から立ち上がった僕を見ると憐れむように僕を見た。


「ひでえ服だな……。餞別代りに着替えをやるよ」


 池田さんはそういうと、誰も使っていない予備のロッカーをごそごそやり始めた。


「申し訳ない」


「なに、会社の備品でね」


 池田さんはそういうと、後ろ手で服をポンポン投げてよこした。それはほとんど特徴のないシャツと上着とズボンとで、まあいうなれば作業員そのものの服だった。

 僕はそれを受け取ると、シャワー室へと向かった。服をぬぐときに、ポケットから白い布きれが落ちた。いったいなんだろうと拾ってみると、それは怜がマスク代わりに自分の袖を割いた布だった。


 僕はふと、ああそうか、怜は袖がないままここから帰ったのか。と思った。袖がないままここまでついてきて、袖がないままここから帰ったのだ。

 そのことが妙に僕の胸に刺さった。

 『かわます亭』で怜に会えたなら、まずは怜にきのう、声を荒らげたことをあやまろうと思った。

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