ネコカイン・ジャンキー! ~サラリーマン亘平編~

火星でにゃんこハザード! 魔薬に猫腹に恋に冒険!
スナメリ@鉄腕ゲッツ
スナメリ@鉄腕ゲッツ

第五話 ねこ語翻訳機の話-2

公開日時: 2020年9月5日(土) 10:34
更新日時: 2020年9月25日(金) 17:15
文字数:2,444

【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者

 鳴無遥さんは、古い機械もあつかえる珍しいメカニックで、センターからも仕事を引き受けるほどの腕前だった。

 若いころからシールドのない火星の荒野を、アンティークのバイクで飛ばす趣味もあったらしい。それで、彼女は

「あたしは若いころから宇宙線をあびまくっているからね、顔もしわくちゃだし、きっと長生きはしないよ」

 とよく言ってるんだけど、その割には健康に気を使っていて、料理をするのが大の得意だった。

 ある日の彼女の食卓はこんな感じだ。


 iPSパテ

(毒抜き)ソテツ団子

 土のスープ

 ネズミのから揚げ


 火星の食事に興味があるかい……?

 21世紀の地球の食事とはまったく違うんだろうな……。


 iPSパテは21世紀にはもう発明されているのかな……。

 ずいぶん古い作り方だけど、いまだに人気があるよ。火星の地下には大きな工場があって、いろんな種類の肉が培養されている。

 ポーク&ビーフの混合パテが一番よくうれてるかな。

 チキン&フロッグはすごく人気が高くて、値段もそれなりにする。

 昔は肉を手に入れるのに、動物を殺していたんだって? 23世紀には大型哺乳類はだいたい死んでしまったから、いま僕たちが知っているのは『かつて動物だったものの肉』さ。


 あとは、ソテツの実の団子だ。これは、『初期開拓団』の人たちがソテツをたくさん植えたことで始まった。

 地球ではほとんど食べないらしいけれど、火星では昔からよく食べられていた。

 荒れ地でもよく育つし、それに、なぜか火星で発見された微生物がソテツの実の毒を完全に分解することができると分かったんだ。地球にはいなかったのにね。

 だから、ソテツ団子は火星独自の食事といわれるよ。


 土のスープは、土の中に細菌のいない火星らしい食事だよね。ミネラルの豊富な土を、ジャガイモのポタージュに溶かし込んだものさ。特別おいしいものでもないけれど、遥さんは、ミネラル不足になりがちだった開拓団を助けたスープだって僕に何度も言っていたよ。

 だから、開拓団の街ではまだよく食べられるんだそうだ。


 そして、ネズミのから揚げだ。……ネズミを揚げたものかって?

 いいや、違うよ。大きなマッシュルームをネズミの形に型抜きして、パスタで尻尾を付けるのさ。

 これは猫に忠誠を占めす料理として、『宇宙猫同盟』の惑星ではどこでも出てくる軽食だ。


 まあ、これが代表的な火星のグルメさ。


 それで……そうだ、すっかり話が迷子になってしまったね。

 ジーナの翻訳機の話だ。


 ともかく、遥さんはセンターに出入りすることができたから、普通の人が出入りできないジャンクヤードにも入ることができた。

 ジャンクヤードが何かっていうと、センターで使われる機械類がこわれたときに、それをスクラップにするまで置いておく場所さ。


 ジーナのために遥さんはジャンクヤードで翻訳機を見つけてくれた。もちろん持ち出せない。

 遥さんが手に入れたのは技術的な部分だけさ。


 そういうわけで、遥さんは翻訳機をジャンクヤードで分解して、必要な部品をメモに残した。

 そこからは僕の役目で、僕は会社から使えそうな壊れた部品をかき集めては、それを遥さんのところに持って行った。


 遥さんの家は開拓団地域のど真ん中で、荒くれ者どもの多い地域だった。

 センターから僕なんかより相当いい給料ももらっていたと思うのに、遥さんは生まれた場所を引っ越すことはなかったようだ。

 その地域の学校なんかにも寄付をしているみたいだったよ。

 遥さんはその地域の中ではがんばって勉強してセンターのメカニックになったけど、自分が占い師になれなったことをすごく残念がっているようだった。


「鳴子には占いの才能があったけれど、私にはそういう能力がさっぱりなかったんだよ。しかたないから、好きな機械いじりを夢中でやったのさ」


 そして、遥さんに占いの才能がなかったおかげで、僕とジーナは3か月かけて翻訳機を作ることができた。

 けれど、さいごのさいごでちょっとした問題が起きた。

 翻訳機には、音の周波数をアルファベットに変換するプログラムが必要だったんだけど、それを壊れた翻訳機から手に入れたんだ。


 すべての音節の中にmyやnyが混じることになった。それじゃ翻訳機にはならないから、壊れたプログラムの中を自分なりにきれいにしたんだけど、それでも語尾にバグが残って、どうしても取り除くことができなかった。

 それで、ジーナがはじめて翻訳機を通して僕にいった言葉はこれだった。


「おあんにゅ」


 これはまったく『教育』がはじまっていないときのだけど、たぶん、猫好きならこれで十分に通じるはずだ。

「ごはん」ってことだね。


 ……ジーナと離ればなれになってから、ジーナのことを話すのはつらかったけれど、君には話そうと思う。

 だって、君には僕を助けてもらわなくちゃいけないんだ。


 センターから子猫を預かると、センターはその家族をシールド地域の家に住まわせる。

 シールド地域ってのは、地上で地球とほぼ同じ生活ができる地域ってことだ。

 火星はまだ大気が薄くて、オゾン層がほとんどできていない。

 オゾン層のない惑星にとって、太陽は死の星だよ。紫外線が命を脅かすんだ。

 そして、薄い大気のなかでは宇宙線も弱まることがない。人間が生きていくにはあまりにも過酷なんだ。

(それでも遥さんのように宇宙服を着こんで荒れ地をツーリングする猛者もいるけどね)


 シールド地域のドームは水を含んだ膜で覆われている。これで人間が守られるんだ。

 さらに、建物は金属を混ぜた材料でさらに宇宙線を遮るようにできている。

 火星のすべての地域でそんなことはできないから、シールド地域はごく限られた人しか住めないんだ。

 そのほとんどが、子猫を育てている家庭なのさ。


 ぼくら『火星世代』は人付き合いもあまりないし、他人に関心はない方だけど、子猫のこととなるとそうはいかない。『開拓団』よりも忠誠心は強いし、やがて『センター』へと巣立つ子猫を守らなきゃいけない、という気持ちも強い。

 ある家庭が『センター』から子猫を与えられるということは、それだけ名誉なことなんだ。

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