【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者
僕だってセンターに逆らうつもりなんかさらさらない。
猫たちに対する忠誠は本物だ。
ネコカインがなければ、人間なんか戦争で滅んでた、というのも信じてる。
でも、どうだい、じっさい僕のところにはもうジーナがいないんだ。
どんなに僕がやつらに忠誠を誓っていようと、僕の金色の瞳のまんまるお月さんはもう僕を朝から起こしたりしないんだよ!
……そのことをどう受け入れればいいのか、僕はここのところずっと考えてきた。
むしろジーナをあきらめてしまえば。
情けない奴だと言われるだろうけど、本当にそれも頭のかたすみをよぎった。
もしジーナがセンターの猫たちと同じなら、それも仕方のないことだと思った。
だって、ほんとうは僕のところにいてはいけない猫なんだ。
もしジーナがセンターから来た猫なら、センターに戻れば幸せだって確信できる。
そうだったならどんなに心が楽だっったろう。
でもジーナは違う。センターの猫とはどうやら違う種類なんだ。
だってジーナの毛は長めだし、それにもう一つとても気になってたことがある。
ジーナはセンターの猫みたいには話さない。
いつだって言葉遣いはこどもみたいだ。センターの猫たちみたいに哲学的なはなしを持ち出しもしない。
ただじっと人間たちをみていて、言葉じゃなくていろんなことを伝えてくれる。
例えば、しっぽで返事したり、それから幸せそうに頭突きしてきたり、翻訳機も「ゴロゴロゴロ」って訳すぐらいに喉を鳴らしたりさ。
ジーナにとって言葉はそえものに過ぎないんだ。
奴らがジーナをなんのためにさらったのか。ジーナはいまどうしているのか。
それはたぶん、センターがひた隠しにしているもう一つのことと関係がある。
つまり、『はじめの人たち』のことさ。
じつは僕はあの不思議な女性とあれから何回か会うことがあった。
それはいつも不意打ちで、僕は彼女が僕の行動をぜんぶ知っているんじゃないか、と思ったほどだ。
あとから分かったけれど、火星開拓団の人たちはなんとなく『はじめの人たち』が生き残っていたことを知ってたんじゃないかと思うんだ。
センターはいったい何を隠しているのか。
それを知らなければ、僕はジーナを取り戻せないと思う。
そして、僕はいまこれを書きながら考えていたんだ……。
ほんとうに未来を変えるべきなのは、過去の君じゃなくて、いまの僕なんじゃないかって。
僕がどうやって21世紀の君にこうやって手紙を書いているかって……?
電子を21世紀のコンピューターの中に送っているこの装置のことだね。
それはとてもアナログというか、原始的な装置さ……。
ずっと物質は光の速さを超えることはできないと言われてきたけど、2300年には電子ぐらいの大きさのものなら光の速さを超えることができるようになってきた。
そして、2800年にはそれを正確な場所に送る技術もできた。
つまり、過去の好きな場所に小さな電子だけは送ることができるようになったのさ。
でも、過去は現在を変えてしまうから、一般人が使うことはきびしく禁じられているけどね。
僕はむかし実験室で使われていた古い機械を探してきて、君に2020年の猫ブームを止めてほしいとお願いしている。
けれど、それははたして正しいのかすごく悩んでいる……。
だって、それは僕が生きていることを根っから意味がなくすことなんじゃないか。
僕が未来の猫たちや人間たちのためにできることを投げ出してしまうってことなんじゃないか。
不思議なことだけど、僕はこの手紙(つまり、ノベリズム、というサイトに小説という形で投稿されるように設定されたこの文字列のことだね)が誰にも読まれていないんじゃないかと思うと、ちょっとホッとするところがあるんだ。
僕は平凡なリーマンで、いままで何かを自分から変えようなんてしてこなかった。
それはとてつもなく勇気が要ることで、たとえば霊感もないのに悪魔祓いをするような無謀なことなんだと思ってた。
でも、過去をなかったことにして『いま』を変えるより、僕が『いま』を動かすことで未来を変える方が、後悔はないのかもしれないね。
だって、君が過去を変えてしまったら、僕はジーナとは会えないかもしれない。
そして、地上で出会ったあの女とも……。
最初の出会いから二週間後、彼女はとつぜん火星開拓団の街に現れた。
僕が仕事帰りに『シャデルナ』の鳴子さんに会いに開拓団の街の酒場(といってもアルコールよりみんなネコカインを一服しながらワイワイやるんだけど)に行った時の話さ。
鳴子さんと仁さんと僕が久しぶりに開拓団の人たちとマーズボール(バスケットボールの火星版だね。重力が地球よりずっと小さいから、ものすごい高いところにゴールがあるし、ドリブルも派手で楽しいよ。もし君が未来に来られたら、ぜひ見せてあげたいよ !!)の優勝について予想していたときの話さ。
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