【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者/ 《怜(とき)》 砂漠で出会った謎の美人
会社を休んで、とにかく鳴子さんや遥さんと落ち合えそうな場所に向かった。いつも行っている店は『かわます亭』という居酒屋だ。怜(とき)と再会したのもそこだった。たいていみんな仕事が引けたあとにそこでつるんでいる。
僕が昼にならない前から『かわます亭』についたとき、はたして幸運にも鳴子さんがそこにいた!
鳴子さんは店の奥に座っていて、僕を見つけるなりこう言った。
「亘平(こうへい)かい? 朝っぱらからなにやってんだい! クビにでもなったのかい?」
僕は首を振って言った。
「クビじゃない、それより大変だ。それより鳴子さん、どうしてここに? いてくれて助かったけど!」
「あたしは駅の通勤客が引けたあと、頼まれればここで占うのさ。もうちょっとした店の名物なんだよ、ねえマスター」
僕はそれを聞いて
「それはちょうど良かった!」
と鳴子さんを店の奥の席に引っ張っていった。
鳴子さんは訝しげな顔をしながら、
「何があったんだい、ジーナだね!」
と僕に耳打ちした。僕はうなずいて、
「昨日の夜、家を飛び出して逃げたんだ。夜のうちだから他の人には見られなかったと思うけど、駅までなんども探したけど見つからない」
鳴子さんはきびしい顔をした。僕はそれだけで鳴子さんの考えていることが痛いほどわかった。
「センターに見つかっても、鳴子さんのことも誰のことも言わないよ」
鳴子さんは僕の肩をどついた。
「余計なこと考えるんじゃないよ。あの子が知ってる場所は、姉さん(遥)の仕事場のほかにどこがあるんだい」
「あとは……いつも日光浴に行っている地上駅だ」
鳴子さんはうなずくと、マスターに向かってこう言った。
「マスター! ちょいと用事ができたんで今日はひけるよ!」
マスターはグラスをふきながら首を振った。
「そいつはいただけないなァ、鳴子」
鳴子さんは僕を指さして言った。
「それじゃあ、あたしの弟子を置いてくからそれでいいだろ」
マスターは僕をちらりと見ると、軽くうなずいた。それで僕は、鳴子さんにカードを押し付けられ、顔が見えないように布切れをかぶせられ、その日一日『かわます亭』でインチキ占いをさせられることになった。
それで、僕が鳴子さんを待っているあいだ、僕は誰と出会ったと思う……? そうだよ。怜(トキ)だ。怜は入ってくるなり、もう慣れた様子で僕から一番はなれた立ち飲みテーブルにつくと、マスターも注文が入る前にすぐに飲み物をテーブルに置いた。僕なんかよりずっと常連と言った雰囲気だ。
このあいだはセンター風の洋服を着ていたけれど、今日はまったく開拓団風で、ゆったり目の白い上着とカーキ色のズボンを身に着けていた。いつもは上に結っている長い髪は、今日は左右に束ねておろしていた。これも開拓団風だ。そして怜は、出されたトニックを片手に、人の少ない店の中を見回した。
僕はなぜ怜がここにいるのかすっかりわからなくなって、もしかして『はじめの人たち』のふりをして僕をからかったのだろうか、と思い始めた。そして、怜がこちらの方を向いたとき、僕はすっかり自分がそこらへんの布切れをかぶっていたことを忘れていた。
怜はだけど、僕を見逃さなかった。怜は僕をみるなりスッと近づいてきて、
「どうしたの、その恰好!」
と僕にたずねた。僕はジーナの話をするか迷って、鳴子さんの急用で代わりをすることになったことだけを話した。
すると、怜は笑いが止まらなくなったようだった。あまりに僕の格好がおかしかったらしく、机をたたいて笑い転げた。
「それで、お客はきたの? 鳴子さんじゃないってバレなかった?」
僕は怜(トキ)に思わずつられて笑ってしまった。
「ひどいなあ。怜さん以外にはだれも気付かれてないよ。もっとも、お客の入る時間じゃないしね」
怜はまだ笑いがおさまらないようだった。僕はほんの一瞬だけ、ジーナのことを忘れて自分が笑ったことに罪悪感を覚えた。
「で、本当はなにがあったの……?」
怜は僕の表情をみてすぐにまじめに戻った。怜の瞳はまっすぐ僕の目を見つめていて、僕は首をすくめるしかなかった。
「怜さん、君が誰なのか僕はよく知らない。せめてセンターじゃないことを……」
怜は言葉が終わるのを待たずにこう言った。
「センターじゃないわ。私は自分からは言わない。でも私はあなたが信じられると思っている」
「どうして」
僕は怜を見た。怜は視線を外さない。なんてきれいな目だろう。
「カンはするどいの。わかるのよ」
僕は観念した。怜はジーナのことを知っている。最初に地上で出会ったとき、怜はジーナをみても驚かなかった。
「ジーナがいなくなった。君も知っているだろう、あの猫さ」
僕がそういうと、怜はうーん、と言いながら座席の背もたれにもたれかかった。そうだ。ジーナの脱走は、誰が聞いても面倒な事態だった。
一方で僕は、怜が僕を信用していると言ってくれたことがうれしくて仕方なかった。怜はしばらく目を閉じていて、何かを思いついた感じでふと目を開けた。
「鳴子さんはどこに行ったの?」
僕は首を振った。
「わからないよ。何も言わずに行っちゃったからね」
「じゃあ、私たちも行きましょ!」
怜はそういうと、すっくと立ちあがって僕についてくるように合図した。
「私が気を引くから、そのあいだに出てよ!」
怜はそういうと、グラスの中から取り出した氷を手首だけのスナップでカウンター席グラスに美事に当てた。グラスは音を立てて床の上で飛び散り、カウンター席の客とマスターは何が起こったかわからずに大慌てだ。
僕はそのあいだに急いで店の外に出た。怜はしばらくあとから何食わぬ顔で出てきた。
「荒っぽいなあ、マスターに怒られるよ」
僕がそういうと、怜はいたずらっぽく笑って先を歩いた。
「バレないわよ、氷は溶けちゃうから」
僕と怜は第四ポート駅まで行き、さらに僕のコンパートメントのある第五ポート駅までポーター(火星の電車のようなもの)を乗り継いだ。うっすら予想していた通り、怜は僕の家を知っていた。
僕は家のドアを開けて、怜を先に通しながら言った。
「こまったなあ、君は僕のことを良く知っているようなのに、僕は君のことは何も知らない」
怜は謎めいた笑いを浮かべるとこう言った。
「ところで、もうジーナについて一つのことが分かったのだけれど」
僕は思わずえっ、とうなった。
挿絵 ロジーヌ様(@rosine753)
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