【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者/ 《怜(とき)》 砂漠で出会った謎の美人
このあいだ、センターが『はじめの人たち』のことをひた隠しにしていると言ったね。なぜセンターが彼らのことを隠さなきゃいけないのか、僕にとってはそれが疑問だった。確かに『開拓団』の人たちは、『火星世代』やセンターを『気取っている』と嫌ってはいる。でもそれでも遥さんのようにセンターで働くひともいれば、商売はセンターとも自由に行っているんだ。特に『開拓団』は肉体労働や、メカニックの技術を売りにしている。彼らに言わせれば『火星世代』は軟弱すぎるんだそうだ。僕もよくからかわれるけど、実際は仁さんとそう変わらないと思うんだけどね……。
『火星世代』はまあ、21世紀で言うなら事務労働が多い。センターから降りてきた仕事の管理だったり、営業だったり、生産の管理だったり。たいていがコンピューターとにらめっこの仕事だ。
それで、たぶん21世紀の君たちにはそもそも『センター』が理解しにくいとは思うんだ。センターの中央指令室は地球にあって、火星にあるのは火星支部だ。地球はとても強力に守られている。地球と自由に行き来することのできる人間はセンターの火星支部で働いている人たちだけで、普通の『火星世代』や『開拓団』の人たちは厳重な審査でビザをもらえるかどうか決まる。
猫たちへの忠誠心が大切なんだ。だけど、どうしてそんなに厳重にやらなくちゃならないかはわからないよね。みんなネコカインが必要なんだから。でも、『はじめの人たち』はどうやってネコカインを手に入れているのだろう……。
僕はそんなことを考えながら、自分のコンピューターで開拓団の歴史を調べ始めていた。ちなみに僕のこどものころは歴史はずっと赤点だった。正直いって、自分が生まれてもいないむかしに、誰がどうしたとかいう事には興味が持てなかったからね。
でも、いきなり『はじめの人たち』について調べるのはハードルが高すぎる。だって、すべてのコンピューターは検閲されているからね。センターへの忠誠心を疑われるのはマズい。
そもそも、怜のことがなぜこんなに気になるんだろう……もし彼女が『はじめの人たち』だったら、僕にとっては危険なことなんだろうか。もう調べない方がいいのだろうか。
そんなことを考えていたら、いつの間にかジーナがコンピューターの横で僕をじっと見つめていた。
「ごはんにしよう、今日はおやつもあるぞ」
僕がそういうと、ジーナは僕をじっと見つめながら、机の上のマグカップをそっと床に落とした。もちろん、マグカップは派手に割れて、しかもジーナはこれみよがしにゴロゴロと機嫌よくノドを鳴らした。
「ジーナ!! なんてことするんだ!」
僕は思わず大声でジーナを怒鳴った。考えてみれば、たぶん、ジーナとってはじめてのことだったと思う。ジーナはゴロゴロ言うのをやめて、僕をにらみつけた。
僕はとにかくジーナが破片でケガしないように抱きあげて文字通り隣の部屋に放り込むと、かけらをあつめてマグカップを片付けた。
そして、手で床を触っても破片がまったくないのを確かめてから、隣の部屋の扉をあけに行った。そこからはあっという間だった。
僕が扉を開けた瞬間、くろい影が飛び出してきて、玄関の壁のボタンに衝突したかと思ったら、開きかけのドアから影がするりと逃げた。
僕はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
「ジーナ!!」
我に返って、玄関から顔を出したときにはもうそこにはジーナの影も形もなかった。背中から冷や汗が噴きだした。ジーナがセンターに見つかったらどうしよう!
うちの地区は開拓団に近いわりと古いコンパートメントで、新しい地区にあるような生体認識システムなんかは配備されていない。けれど、僕たち火星世代はもし迷子の猫を見つけたら、とにかくセンターに連絡するように教え込まれているんだ。
僕はパニックになりながら、それでもジーナを探しに外に出た。もう時間は夜だったから、街の明かりもうす暗く設定されていた。(地下だから人工灯なんだ)
僕とジーナが外に出るときは、いつもなら大きなリュックの中にジーナを入れて、第5ポート駅からエルデ駅(地上駅)まで行っていた。
もしかしたらその道をたどっているかもしれない。僕はそう思いながら、足早に第5ポート駅の方へと向かった。とちゅう、すれ違う人たちが何か様子が違わないか見たけれど、誰も変わった様子はなかった。火星世代のひとびとらしく、他の人には無関心で、ただあわてている僕をちらっと見ただけでみなすれ違っていった。
それから、たぶん僕は駅と自分の家を3往復はしたと思う。ジーナの名前を呼ぶわけにもいかないから、ただひたすら目を凝らして、ジーナの縞々の姿を探すことに集中した。
けれどその日、僕はついにジーナを見つけることができなかった。
そのときの気持ちは……なんといって良いかわからない。気持ちだけは焦るのだけれど、なにもできない。もちろん、その日は一睡もできなかった。
そのとき、はじめて僕はこの世界中に独りぼっちなんだということを感じた。
なんてことだろう、僕はほんとうに独りぼっちだ!!
まんじりともせずに朝をむかえて、僕はとにかく遥さんたちのところへ相談に行くことを決めた。ジーナが知っている場所と言えば、遥さんのジャンクヤードか、地上駅ぐらいだ。通信はセンターがチェックしている可能性もあるから、酒場でじかに遥さんたちを見つけるしかない。
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