21世紀の君たちはそんなとき、どんな気持ちなのかい?
僕がいまこれを書いて君に送っている31世紀では、センターが優良な家庭を選んで子猫を割り当てる。
子猫の割り当てられる家は何度も言うけれど、お祭り騒ぎだ。
ほとんどの惑星で、人間の住むところは地下にあるけれど(宇宙放射線を避けるためにね)、子猫が割り当てられた家庭ではシールド地域の地上に家を持つことができる。
自分たちが心から愛している猫を家に迎えることができるうえ、広くて快適な家も手に入るんだ。
それは躍り上がって喜ぶよね、誰だって。
一年も前から子猫のための快適なベッドや、猫砂や、窓に一番ちかいところにキャットタワーを用意して、子猫を迎え入れるための準備をするんだ。
いちど、僕の会社の上司が選ばれたときなんか、会社のみんなからうらやましがられていたっけ……。
でも、ジーナは違う。
ある日とつぜん僕の家の前にいたんだから、準備なんか全然していない。
それに、学校で習った『子猫』はふわふわの毛並みで、それはかわいらしかったのに、僕の腕のなかにいるジーナは、毛はベタベタで、やせ細っていた。
僕はほんとうにどうしていいか分からなかったよ。
まず何を食べるかもわからない。ひょっとしてどこか地上の家から迷子になってしまったのかもしれない。
でも、そんなことになろうものなら、宇宙猫センターから毎日のように通達があるはずだ。
頭のなかはぐるぐるしているのに、腕の中の子猫をどうすればいいか分からないんだ。
けれどとりあえず、のどが渇いてそうなことは分かったから、とりあえず水を皿に入れてジーナの目の前に差し出した。
ジーナはちょっとだけ皿を嗅いで、少しだけ、ほんの少しペロッと舐めた。
そして力なく、目を閉じてうつらうつら始めた。
小さな頭がちょっとでも震えると、もう死んでしまうのではないかと僕の心も震え上がったよ。
それはいくら生き物を飼ったことのない僕にだって、具合が悪いってわかるぐらいの状態だったさ。
とりあえずタオルを持ってきてジーナをくるんだ。
僕は一生懸命、猫のことを知っている人を思い出そうとした。センターに連絡をしないで済んで、猫のことを知っていそうな人がいないか……。
親は遠くに離れているし、センターから子猫を割り当てられた上司とは仕事の上でも険悪だ。
30分以上、頭を抱えてうんうん唸って、僕はようやく一人の人物を思いついた。
いつも、通勤途中の駅前にいる奇妙な人物だ。
『シャデルナ』という怪しい占いの店をやっている人だ。
なんで思いついたかって? その人はいつも全身ヒョウ柄なのさ。
化粧だって、目を吊り上げて猫の目みたいにしている。
上着には大きなヒョウの頭が描かれていて、要は、3キロ先からだってあの人だってわかるような人物だ。
なぜそんな人を思い出したかって……?
それだけ他に思い出せる人がいなかったし、頭が回っていなかったのかもしれない。
でもあえて言うなら、僕が駅前を通りかかるたびに彼女はあのぎょろ目で僕をじっと見つめていたのは知っている。目で挨拶するぐらいの関係と言えばいいかな。
僕は……ほんとに恥ずかしいぐらい人付き合いがない。
でも火星ではそういうものなんだ。
隣に誰が住んでるかもよく知らないし、なれなれしく挨拶するなんて、むしろ失礼に当たるんじゃないかと思うぐらいだ。
そんな中で、僕とその占い師のあいだには、何年ものあいだ奇妙なつながりがあると言えばあった。決してお互い話しかけたりはしなかったけどね。
とにかく、僕は小さなジーナを懐に入れて、『シャデルナ』に向かうことにした……。
『シャデルナ』は、火星の第四ポート駅でいつも露店を構えている。
小さな机の前に『シャデルナ』の主人は座っていて、机の前には大きく【易】と書かれたテーブルクロスが下がっている。
店の主人は中年の女性で、いつも着ているヒョウ柄の服は、第四ポートの目印だと言ってもいいぐらいなんだ。
だって、どのポートも同じような建築で、同じような風景が続いているからね。
そこに『シャデルナ』の女主人を見つけるだけで、ここは第四ポートだな、と確認できるって具合なのさ。
で、僕はとにかく小さなジーナをタオルに包んで懐に隠して駅に向かった。
小声で「待ってろよ、待ってろよ」と懐に向かって呟きながらね。
このときの気持ちは言い表しようがない。不安で仕方ないけれど、どこか小さな命がそばにいることに希望が湧いてくるんだ。
きっと21世紀のきみたちも、子猫を迎えたときは同じ気持ちだったんだろうな、と想像するよ。
第四ポート駅についたとき、時間はもうすでに夕方だった。
そうそう、火星の一日は24時間だから、ほとんど地球と一緒なんだ。
もっとも、まだ大気が薄いからみんな地下暮らしで、人工太陽が照っているんだけどね。
ともかく、夕方の薄暗さは僕にとって好都合だった。子猫が他の人に気づかれる心配が少なくなるからね。
僕がシャデルナに近づいて行ったとき、シャデルナの主人は僕を見るなり顔を下げた。
僕が近づくにつれ立ち上がりかけ、そしていよいよ一メートルにせまったら、ほとんど逃げるようにして背中を向けた。
僕は逃がすまいと女主人に話しかけた。
「あのう……」
女主人はこちらを頑なに見ようとはしなかった。
「うちは厄介ごとはいらないよ!」
女主人は悲鳴のようにそう言った。どうやら、占い師の職業に間違いなく、未来には特別なカンが働くのに違いない。
「おお、おお、たいへんなことだ、野良の『子猫』だって!」
僕は聞きなれない言葉に思わず言葉を繰り返した。
「ノラのこねこ」
『シャデルナ』の女主人はそれを聞くと両手で顔を覆った。
「生きてるんだろ、その懐に」
僕はうなずいた。
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