さて、昨日はどこまで話したっけ。
そうだ、僕とジーナの出会いだ。
そのまえに、君には僕の状況を知っていてほしい。
人間たちはもう猫に支配されていると話したけれど、それは奴らが「ネコカイン」を独占しているからだ。僕もネコカインがないと生きていけない一人さ。
『宇宙猫同盟』からは一回の投与で数日はもつカプセルが支給されているけれど、僕はそれを手に入れることができない。
なぜって……?
ジーナとの出会いが理由さ。
ジーナがどんな猫か話したっけ? 灰色のキジトラで、雌だ。まんまる猫でうるさい。
宇宙猫センターから選ばれた家庭に子猫が来る話はしたよね。
ジーナはセンターからは来ていない。
ある日本当にとつぜん、僕の家に子猫だったジーナが現れたのさ。
言い忘れたけれど、僕の住んでいる惑星は地球じゃない。
火星なんだ。
まあ、センター(地球)に近いから立地は悪くないけれどね。
火星がどんなところかって? ああ、そうか。まだ君たちは火星には住んでいないんだね。
人間たちは2500年ごろに、火星に植民地を作るんだよ。
火星に植民地を作るのは本当に大変だった。2800年にはメテオラの悲劇という数万人が亡くなる酸欠事故も起こした。
大気が十分になかったからだけど、今ではリトル・アースと呼ばれるぐらい水も緑も豊富な惑星だ。まだ宇宙から見ると赤いけれどね。
そう、そしてジーナだ。
僕は火星のしがない会社員だ。火星にわずかにあるイリジウムって金属を毎日掘り返す会社に入ってるんだけどね。それを何に使うかは奴らは決して教えてくれないんだ。
まあ、その金属を掘り返す僕のような会社員は……。
ふつうはセンターに選ばれないのさ。子猫を受け入れる家庭としては。
だって僕のように独り身で、会社に行っちゃったら子猫を世話する人もいないからね。
子猫はセンターが割り振るものだ。これは忘れちゃいけない。21世紀の君たちは、どんな風に子猫と出会うんだい……? 僕たちはセンターに『選ばれる』のさ。
忠誠心によってね。子猫は自然とネコカインをこれでもかって放っている。センターはその子猫を人間に与えて、人間の忠誠心をもっと高めようとするのさ。それに、やがて『管理者』となる子猫にも人間というものを勉強させる機会を与えるわけだ。
だけど、ジーナは全く違った。
ある日、ほんとうにある日とつぜん、ジーナは僕の家に現れたんだ。
夜、いつもの通りインスタントラーメンでも食べようとお湯を沸かしたときにね、家の扉を何かがひっかく音がするんだよ。
そして、甲高い声でミー、ミー、って鳴くんだ。僕はそれまで、子猫の鳴き声なんか聞いたことがない。
だから、さいきん会社のやつらがよく見かけるという火星リス(地球から誰かが持ち込んで、ネズミのような生活をするようになったリス)かと思ったんだ。
けれど、それは違った。
むかし学校で習った『子猫』だった。
僕は恐る恐る、子猫を抱き上げた。なにが起こったかは全く分からなかったよ。
ただ、僕の目の前に小さな子猫がいたんだ。そして、その子猫は薄汚れて、おなかを空かせていた。
そのとき僕に分かったのはそれだけさ。
そして、僕は子猫を抱き上げたまま、しばらく呆然としていたと思う。
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