僕:山風亘平 火星の平凡なサラリーマン
いまの僕の状況を君にわかってもらうためには、火星の歴史の話からはじめなきゃならない。
ええと……君はいつの人なんだっけ……そうだ、21世紀だ。
21世紀……そう、そうだ。アメリカという国がまだあったね?
前後、100年ほど地球を支配していた国だ。
アメリカがどうなったかって……? アメリカはもうないよ。アメリカどころか、地球上のすべての国がもう無くなっている。そして、もう戦争がなくなってから300年は経つ。
何が起きたかって?……ネコカインがすべての人間にいきわたったのさ。
『センター』のいう、『平和の象徴』がね。
僕たちは、宇宙猫同盟によって【人類の醜悪】というのを教育されている。
猫たちが人類を支配するようになるまで、人間たちは戦争をやめることができなかった。けれど、ネコカインを摂取するようになってから、人間は猫のために尽くすことだけを考えるようになった。
人間は争うことを忘れ、猫のために勤勉にはたらき、寸暇を惜しんで猫と寝るようになった。
最後の戦争は月の自治を求める戦争だったけれど、結局はネコカインを受け入れて自治派は『センター』に降参した。
人間は猫によって戦争から救われた。これがセンターによって人間に最初に教え込まれることさ。
そう……で、火星の話だ。火星も月ほどではないけれど、センターとはいろいろと問題があった。
21世紀にはたしかもう、探査船は出ているんだよね? 有人ではなかったと思うけれど、とにかくそれが人類が火星に住むための最初の一歩だった。
ところで、マーズローバー(NASAの火星無人探査機)はまだ火星のミュージアムに飾ってあるよ。火星の子はみんなそこに見学に行くんだ。
23世紀には、はじめて地球からの開拓団が火星に到着する。彼らは『初期開拓団』と呼ばれている。
実はその前にも脱出者を乗せた船が火星に向かったんだけどね……。
まあ、その話はあまりしないようにしよう。『はじめのひとたち』についてはね。
そして、23世紀の大規模な開拓団の船には、猫がたくさん乗っていた。
最初の移民たちはどんな人たちだったかって……?
犯罪者? 弾圧された人々……?
いいや、まったく違うよ。その正反対だ。
僕がここで長々と火星の歴史について話すのには理由がある。
ジーナのことは『センター』には絶対に秘密だ。ここでは、子猫のことは命にかかわるのさ。それで、ジーナと僕をかくまってくれたのが『初期開拓団』なのさ。
火星の歴史を語るときには三つの段階がある。
『はじめの人たち』と、『初期開拓団』と、『火星世代』だ。
火星最初の移民たちは、一握りのお金持ちと、本当に選ばれたエリートと、大量の機材と、動植物だった。
そのころ、地球は温暖化で環境がひどく悪化していて、戦争が各地で起こっていた。
(まだ猫が最初の言葉をしゃべる前のことさ)
そんななか、地球で生き延びることができないと思った10人ほどの金持ちは、各界のエリートを自分の箱舟につんで、火星に逃れることを決心したのさ。
僕たちは彼らを『はじめの人たち』と呼ぶんだけどね。
まあ『はじめの人たち』は自分のもてるすべてを使って宇宙船をつくり、優秀な人を集め、火星に出発した。
地球がどうなったかって……? それがとても皮肉な結果になった。『はじめの人たち』が地球を脱出して、すべての経済活動をやめたことで、地球は短いあいだ、大混乱になった。
だってそれまでは、本当にひと握りの人たちが、半分以上の農地や工場を独占していたんだ。あたりまえのことだけど、彼らが地球を出て行って、大きな工場や農地のほとんどが廃墟や荒れ地になった。
そして、とり残された人間たちは、効率のわるい農業や工業をほそぼそと営んだ。
そしたら、地球は少しずつ環境を回復した。新しくできた森がぐんぐん成長して、海では魚たちがプランクトンをモリモリ食べて増え、人間に水揚げされることもなく海の底に沈んで温暖化ガスを封じ込めた。それでまあ、かろうじて人間は地球上で生き延びた。
それを支えていたのが猫たちなのさ。猫たちは、人間が忘れかけた豊かさの象徴だった。
それで……なぜ地球と火星が戦争寸前になったかはわかるだろう……? 地球にしてみれば、『はじめの人たち』は自分たちを捨てた人間たちだ。一方で、最初の開拓団は、文字通り自分の財産も命もなげうって、火星に住み始めた人たちだ。
やがて他の開拓団が到着するころには、火星と地球の関係は一触即発になっていた。
初期開拓団は『はじめの人たち』と火星の土地をあらそって、人数の多い開拓団が勝った。(このときできたのが、あの医者のいた開拓団の街とよばれるゴミゴミした地域だ)
『はじめの人たち』がは辺境に追いやられ、やがてどこに行ったのかわからなくなった。
そして、火星生まれの『火星世代』だ。彼らは地球との争いが終わってから生まれたので、地球やセンターに対していいイメージしかない。だから、『初期開拓団』とはちょっと距離がある。
いわゆる、現代っ子さ。
……僕かい?
僕は典型的な『火星世代』で、平凡なサラリーマンだったよ。ジーナと出会うまでは。
アメリカの覇権は武器貸与法から100年で算出してみた
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