【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者/ 《怜(とき)》 砂漠で出会った謎の美人/ 《珠々(すず)》 資料室で出会った可愛い女性
約束の休日、僕はバイクをレンタルして(もちろん遥さんじゃなくて店にね)、怜との待ち合わせの場所に早めについた。怜はまだ来ていなかった。その日はめずらしく風もなく、ただ日光がさんさんと照り付けて、大地は乾いていた。
空気が澄んでいたので、南の方にに緑をたたえた地上ドームの影も見えた。
ソテツの木は乾ききった大地にまるで奇妙なオブジェの様にここにだけ密集していた。この時刻にまずここに人はこない。ジーナを連れてくるために調べつくしたからそれは知っている。
北の方には赤い大地が広がり、地平線を形作っていた。もうそろそろ時間だというころ、むらさき色の空にのんびりと宇宙船がよぎった。東のはるか向こうの平原に発着する地球との連絡船だ。
『センター』と『はじめの人たち』はこれほどまでに争ってきたのに、いまは『はじめの人たち』の住むカセイ峡谷の空を『センター』の船が平和に横切っていくのだ。
ほんとうにあんなことが地球で起きたのだろうか? 僕の頭の中に、地球で細々と生きていて、急にさいごを迎えざるを得なかった人々が浮かんだ。あの悲劇がほんとうに起きたのだとしたら、それが真実なのだとしたら。
僕たちを劣っているという、生きる価値がないという、『はじめの人たち』を、僕自身がどう受け止められるのだろう。
僕がそんなことを考えながらぼんやり地面を見ていると、僕の影の隣にもう一つの影がのびた。
「亘平、どうしたの?」
怜の声だった。怜はであったときと同じように銀色の織物を身にまとっていた。そしてその瞳は僕を見透かすように、それでいて少し心配そうに僕を見つめていた。
「怜さん……」
「この間からずいぶんと私を避けているみたいね」
怜は視線を地平線に向けながら言った。僕もおなじ地平線に目を向けた。どこまでも続く砂漠。むらさき色の空。青い地球とほとんど同時に生まれて、違う歴史をたどった赤い大地。
「怜さんは『はじめの人たち』だね」
僕はそういった。宇宙線防護服を着ていなくても、怜は空気の薄さにも苦しげな表情一つしていない。怜は僕を見ないまま言った。
「それが私を避けている理由?」
「……ちがう。でも僕には大事なことだ」
「私たちは友達にはなれないの……?」
友達、という言葉に今は反論しなかった。
「怜さんはどうして僕や『開拓団』に近づこうとしたんだい?」
「……亘平……」
「何か目的があるんだろう? 『はじめの人たち』は僕たちを人間としてなんか見ちゃいない。何が目的なんだい、また八百年まえのように僕たちを全滅させるつもりかい……?」
怜はそこで初めて僕の方を見た。その目はぎらりと輝いて、僕は思わずたじろいだ。
「いったい何の話?」
怜は僕にそう言い、僕は負けないで怜の目を見つめ返した。
「『はじめの人たち』が地球を捨てたときの話さ。『はじめの人たち』は自分たちをエリート、そして僕たちを絶滅させていい人間だと思っていた。だから、地球を核で破壊しつくした。そうだ、核は確かに自分たちが殺し合うために作った兵器だ。そんな愚かな人間たちは死んでしまえと……?」
怜はほとんど僕を殺しかねない勢いで詰め寄り、
「誰がそんなことを!」
と叫んだ。僕は会社の資料室の機密を見たのだと言った。
怜の目は瞳のふちがすべて見えるほど見開かれ、光っていた。僕はいままで、これほどの怒りを見たことがなかった。
怜は言った。
「違う! 私たちは『スプートニクの犬』だったわ!」
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