ネコカイン・ジャンキー! ~サラリーマン亘平編~

火星でにゃんこハザード! 魔薬に猫腹に恋に冒険!
スナメリ@鉄腕ゲッツ
スナメリ@鉄腕ゲッツ

第十一話 セカンドインパクト-2

公開日時: 2020年9月8日(火) 12:01
更新日時: 2020年9月25日(金) 11:14
文字数:2,300

【簡単キャラかいせつ】 《僕(亘平)》 猫を拾ってしまった平凡な火星世代サラリーマン/ 《ジーナ》 亘平の拾ったねこ/ 《鳴子(なるこ)さん》 開拓団の占い師/ 《遥(はるか)さん》 鳴子の双子の姉。開拓団のエンジニア/ 《仁(じん)さん》 遥さんの息子でモグリの医者

怜(トキ)はこんどは鳴子さんに水を向けた。


「でこちらの方は……?」


鳴子さんはポケットからネコカイン入りのシガレットを取り出しながらこう言った。


「あたしゃ鳴子って言うんだよ、お嬢さん。アンティークっていうのは何を扱ってるんだい? 仕事場に飾るのにいいかもしれない」

怜はテーブルの上に手首をかざすと、ビジネスリングからテーブルに商品の画像を並べた。そのビジネスリングは真鍮色で古めかしくて、それ自体がアンティークのようにも見えた。

(腕時計みたいなもので、自己紹介代わりにID交換に使ったり、商売のカタログ情報なんかを入れている人もいるんだ)


「うちが扱っているのは民芸品のようなものですね。どんなのがお好みですか?」


鳴子さんはその古めかしいビジネスリングをしばらく見つめながら、ふうっとシガレットをふかした。


「あれだね、センターに近いヤツってのはこういうところが嫌味だね」


鳴子さんが不機嫌にそう言ったので、僕は思わず間に入った。


「どういうことです?」


「開拓団のほうは新しいマシンなんざほとんど買えないで、部品も自分で作ってえっちらおっちら商売しているのに、センターのやつらにとっては古い機械が趣味みたいに見えるんだろうかね」


怜はそれを聞いて手首からリングを外してテーブルの上に置いた。


「どう思われるか知らないけれど、これは形見ですよ。長年使っているけれど、壊れにくいのはこれがいちばん」


鳴子さんはそれを聞いて、一瞬動作をとめて、鋭い目で怜をじっと見た。そしてしばらくしてまた煙を吹き出した。


「……あたしは占い師でね。第四ポート駅で露店をだしてるんだが、そこにおいで。いまのお詫びに、無料で何か占ってあげるよ」


「占い師……?」


怜は少し意外そうな顔をした。このヒョウ柄の派手な格好をみて、占い師以外の職業を予想していたのだろうか。


鳴子さんは手早く懐からカードを取り出すと、テーブルの上でカードを切った。それを時計の形に並べると、怜の顔をじっと見ながら一枚一枚めくっていった。


「あんたの将来は悪くない、大変だけど悪くないよ。それから、あんたのお相手も悪いやつじゃない。不幸じゃないねえ……むしろ幸せだ。ちょっとあんたの方が気が強そうだね」

怜はそれを聞くとはじめてうっすら頬を赤らめて嬉しそうに笑った。


「ありがとう、こちらも何かおまけしなくちゃね」


そのとき、隣で飲んでた一人が鳴子さんの袖を引っ張った。


「今日は開拓団が勝つかね!」


鳴子さんはさっとカードを切りなおすと言った。


「また賭けてんのかい、カードを引きな! 5マーズだよ……ほら、戦士のカードは開拓団の勝ちだ! あんた儲けたね」


 その日の夜、僕はいつまでも眠れなかった。眠ると彼女の顔が浮かんだし、うとうとすると鳴子さんのカードを切る音が聞こえるようだった。でも結局、マーズボールは火星世代が逆転勝ちをしたんだけどね。


 そのころジーナはどうしてたかって? ジーナはもう家で留守番をするようになってたよ。ひとりでね。ひとり暮らしだったころ、僕の家はこのうえなく殺風景だったんだけど、ジーナが来てからは少し変わった。

 ジーナが遊んでも大丈夫なようにちょっとした人口草原(猫に無害な草を植えてね)を部屋の片隅に作ったり、あとはちょっと高かったけど、爪とぎ用に籐製の椅子を買ったりした。火星では木製のものってとても高級なんだ。でも、藤のツルでつくった家具は少しマシだから、それを開拓団の店で買ったよ。

 もうそのころには僕は火星世代の同僚なんかとはほとんど出歩かないで、開拓団のたまり場にばかり行くようになっていた。ジーナは遥さんになついていたし、遥さんもまんざらじゃないようだった。それに、遥さんがバイクを整備してくれなければ、僕はジーナを日光浴に地上に連れていけなかったしね。


 ジーナが僕のところにやってきて……怜が僕の前に現れて……、僕はたぶん少し変わり始めていた。それは、自分がそこにあるとすら知らなかった、大きな扉が少しずつ開いていくような感じだ。でもそれは、とんでもない事件のきっかけでもあった。

 

 その日、僕はあさおきてすぐに、いつも通りに洗面所に向かった。いつもだとジーナは洗面台に流れる水を見に飛び起きてくるんだけど、その日はこなかった。それで隣の部屋をのぞくと、藤の椅子で丸くなっていた。


「ジーナ、どうした?」


「……」


ジーナが返事をしなかったので、僕はジーナの背中を撫でようとした。そうしたら、ジーナが毛を逆立てて怒るんだ。


「さわんにゃいね!」


僕は心配になってジーナの顔を覗き込んだ。


「どうした、具合悪いなら仁さんとこに行こうか……?」


「ぱっぱ嫌いにゅ」


 どうやらジーナはものすごくスネているみたいだった。僕は原因が思いつかないので困ったけれど、すぐに会社に行く時間になってしまった。


 その日は出先からの直帰(会社に寄らずに家に直接帰ること)で、いつもより少し早かった。お土産にジーナの好きなイタチ用のスナックを買って、開拓団の酒場にもよらずに急いで帰った。

 

玄関を入ると、いつもジーナは出迎えてくれるのだけれど、その日は違った。僕が部屋をのぞくと、ジーナは出かけたときのまま、藤の椅子に顔も上げずに丸まっていた。

僕は何も言わないでジーナの横に座って、ジーナの耳を触った。熱が出ていると熱くなるからね。でも、ジーナの耳はジーナの態度以上に冷たかった。

 

 ジーナがじっとりとスネているので、僕はしかたなく自分の食事をさっさと済ませて、調べ物をすることにした。火星開拓団の前に火星にたどり着いた、『はじめの人たち』に関する情報を探そうとね。怜(とき)がほんとうに『彼ら』の一人ならば。

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