朔の向こう側へ

光を求めて、彷徨え魂。
星のお米のおたんこなす
星のお米のおたんこなす

25本目『自由を愛する者』《後編》

公開日時: 2023年1月5日(木) 16:20
文字数:3,741

「僕が世話してるんだ! 間違えるなこのおバカッ!!」

「そうだ! ボクは小さいんじゃない! 肉体が同世代より少し若々しいだけだッ!!」

「くっ……どこにキレてんだ阿保共が……死にてぇって事でいいんだなッ!?」


 ジェルマは空中で体勢を立て直すと、両手を合わせ、手のひらを上に向ける。すると、手に嵌められた擬似太陽の輝きが増していき、やがて太陽そのものが落下してくるかのような錯覚すら覚えさせる。


「うっ……やらせるかッ!!」


 デクスターは矢を発射し、それを阻止しようと試みる。が、鉄の矢はジェルマにたどり着く前に、ドロドロに溶けて無力化される。


「ッ!? さっきの灰のは大丈夫だったのに……さっきより熱が上がってるのか!?」


 攻撃が通じず、狼狽するデクスターに、パジェットは後ろから手を重なる様にして寄り添う。


「えっ、パジェットさん!? 何を──」

「落ち着け、デクスター。落ち着いて──ボクに任せて、お前は狙えばいい、いつもの様にな」


 デクスターは、彼女が何をするつもりなのかは分からなかったが、その言葉を信じるだけの信頼と実力が彼女にはあった。

 デクスターは言われた通り、弓を構え、ジェルマに向かって矢を放つ。

 が、やはりジェルマの熱は相当なもので、鉄の矢が到達する前に溶け始める。


「あぁ!? やっぱりダメだッ!!」

「いいや、これでいい!! 

 合体奥義『挿し茨ロッセ』ッ!!」


 パジェットがそう叫ぶと、矢からは赤黒い茨が現れる。それが一気に伸びてジェルマに巻き付き、ジェルマの動きを完全に封じる。


「おっとぉ〜? 燃えない……第一級相当の聖遺物かッ!!」

「おぉッ!? やった!!」

「一時しのぎだ、この間に───」


 パジェットはそう言って跳び上がると、茨を掴み、ハンマー投げの要領で、ジェルマを振り回し始める。


「おいおいおいおいおいッ!? マジかよォ!?」

「ウォオオオオオッ!! 吹っ飛べぇぇぇッ!!」


 パジェットはそのまま、ジェルマを思い切りイアンの屋敷の方向に投げ飛ばす。ジェルマは断末魔を上げながら屋敷へと突っ込み、大きな衝撃と共に砂埃を巻き上げる。


「ひえ〜……凄い怪力……あっ、けど相手は不死身だよ! 油断しないで!」

「何? しかし、あれ程やったのだ、気絶の一つくらい──……」


 すると、パジェットの言葉を遮り、轟音とともに瓦礫を吹き飛ばし、シン・アヴィスが再び姿を現す。


「……──してないみたいだな」

「またあの鳥……!? いや、前よりもっと大きいぞ!?」

『フフハハハハハハッ!! 痛ぇ痛ぇ、あぁ〜、やられたって奴だなぁ……ムカつくぜぇ〜』


 シン・アヴィスの中から聞こえるジェルマの余裕綽々とした声に、デクスターはおろか、普段から気丈に振る舞うパジェットの額にすら、冷や汗が浮かんでいた。


「なんてヤツだ……」

「あんなの……どうすれば……」

『さぁて、そろそろ飽きたし終わりにするかなァ?』


 次の瞬間、ジェルマの纏うシン・アヴィスの炎が勢いを増し、まるで嵐のように吹き荒れる。

 そのあまりの熱量に、周囲一帯の気温も急上昇していく。


「今度は何だッ!?」

「来るッ……!?」

『フフフ……畏れろ、震えろ……地を焦がし、呑み込む……ただ受け入れるべき天災って奴だッ!!』


 急激に上昇した熱は、シン・アヴィスの口内に一点集中し───


「夏式奥義『日輪よ、吼えて喰らえハウル・コミディエーテ』ッ!!」


 太陽を思わせる程の光の奔流が全てを呑み込みながら、パジェット達に襲いかかる。


「ぐぅッ!? 

 春式奥義『主よ、罪から護りたまえゴッソ・プロフェセサト』ッ!!」


 パジェットは地面に両手を突っ込むと、大量の茨が絡み合って巨大な壁となり、襲い来る光を受け止める。


「パジェットさんッ!?」

「ぐっ……なんて……威力だッ……!?」


 パジェットは歯を食い縛りながら必死に耐えていたが、徐々に押し込まれ、茨から漏れ出る光に、その身を焼かれてしまう。


「無茶だ!? 受け止め切れないッ!!」

「無茶でも──怯むわけにはいかないッ!! ボクの背後に立つ人は───身を守る盾も──ありはしないのだからッ!!」


 パジェットは全身を襲う激痛に堪えながらも、茨を出し続ける。

 ──そして、遂には限界を迎えてしまい、茨の壁が崩れ去ると同時に、パジェットはその小さな身体を吹き飛ばされてしまう。


「ウグァアアッ!?」

『これで───終・わ・り・だッ!!』

(ここまでかッ──!!)


 迫り来る光によって、身を守る壁も、希望も焼かれ──デクスターは絶望によってその瞼を閉じ──これから起こる結末を受け入れる覚悟を決める。


「────え?」


 しかし、いくら待てども予想し得る結末はやって来ることは無く、デクスターは恐る恐る瞼を開き───自分の目の前に広がる光景に目を疑った。


「これは一体────僕達は、夢でも見ているのか……?」


 パジェットも、同じものを目の当たりにし、呆気に取られ、それが何か確かめようと、指を触れさせる。


「これは、蝶……なのか? 何故いきなり……それに、この量は……」


 デクスター達の周りを囲むように、突如として現れたのは、青い翅を持つ蝶達であり、羽ばたき、撒き散らされた鱗粉が、月の光を反射させる。

 それらはまるで、自分達を守っているかのように飛び回り、辺り一帯を埋め尽くしていたのだった。


「パジェット! デクスター君! よかった……ご無事のようですね……」


 デクスター達が唖然としながら、そんな幻想的な景色に見惚れていると、背後からシスター・セリシアが安堵した声で話しかけて来る。


「シスター! これは──まさか──」


「えぇ、なんとか───間に合いましたわ」


 そう言う彼女の視線の先には、コツ、コツ、とゆったりと──どこか凛とした気品のある足取りで──セオドシア・リーテッドがやって来る。


「セオ……ドシア……」


「やぁ、デクスター君───ヒヒッ、なんだよ、その泣きっ面は? そんなに怖かったのかい? それとも、私に会えたのが嬉しかったのか──……」

「うん!! 本当に……無事で良かった!!」


 余りに素直なデクスターの台詞に、セオドシアは思わず顔を手で覆い、面食らい、溜息を吐く。


「まったく君って奴は……なんと弄りがいのない……まあ、いい。とりあえず君達はそこで、私の活躍を目に焼き付けておけばいい」


 そう言って、セオドシアはゆっくりと右手を上げ、ジェルマの方を指差す。


「えっ……? その『右腕』は一体……?」


 暗がりでよく見えなかった『それ』が、月明かりに照らされ正体を現す。

 それは人間の腕ではなく、『葬られぬ者ギガゴダ』にどこか似ている、蒼い炎に包まれた禍々しい骸骨で出来た腕であった。


『──セオドシア・リーテッドォォォッ!! またこの俺の邪魔をするってのか!?』

「イヒヒッ♪……どうやら、君達や私自身が思ってる以上に……私って奴は諦めが悪いらしいよ?」


 そう言って彼女が笑うと、もう我慢出来ないという様に、ジェルマの周囲の瓦礫が、熱風によって吹き飛ばされる。


『黙れェ!! アンタは──灰も残さず消してやるッ!!』


 ジェルマが吠えると同時、彼はシン・アヴィスの羽を燃焼させ、先程とは段違いの威力の『灰時雨シン・プルヴィア』を発動させる。


「アレは──セオドシアッ!!」

「シィーッ……いい物見せたげるよ」


 しかし、それを前にしても、セオドシアは全く動じることなく、ただ静かに、そして不敵に笑う。

 ──次の瞬間、セオドシアが軽く右手を振るうと同時に、灰の矢は、空一面を覆うほどの大量の青い蝶へと変わる。


『何だとッ!?』

「あの大量の矢が一瞬で……!!」

「やはり……先程の蝶も死霊術師がやったのか……しかし、一体どうやって……」

「なぁ〜に、難しい事じゃあない。私が天才なだけさ」


 そう言って、青い鱗粉が降り注ぐ中、青い蝶の大群の中心にいる彼女は、まるで天使か女神───いや、人を惑わす悪魔のようにも見えた。


「対象を瞬時解析し、全く無害な術式に書き換える───それが私の唯一にして、ベリーベリーナイスに最強な奥義さ。名を──『ふざけるなッ!!』──って、言わせてぇ?」


 ジェルマは、格好付けてキメていたセオドシアに向かって叫ぶと

 同時に、シン・アヴィスの炎を更に燃え上がらせる。


『アンタがこの俺に勝つなんて事は───あり得ねぇんだよォォォッ!!』

「──はぁ〜……。ガキじゃあるまいし……負けるくらいでゴネんなよ」


 ジェルマは、シン・アヴィスの口内に熱を集中させ、パジェット達に先程放った奥義に準備をする。

 セオドシアは、それに臆する事なく、右手を構えて彼の下へと駆け出す。


『畏れろ! 震えろ! 地を焦がし、呑み込む!! ただ受け入れるべき天災───!!』

「さて、自由だ!! 天も、大地も、何者も──君達を繋ぎ留められやしない──!!」

「喰らわせろ!! 夏式奥義『日輪よ、吼えて喰らえハウル・コミディエーテ』ェッ!!」


「届け!! 天地式奥義『魂よ舞え、君達は美しいゼーレ=プリキュラス』ッ!!」


 迫り来る光の奔流に、セオドシアが右手を翳して飛び込むと、光は真っ二つに裂け、彼女の背後から先は青い蝶だけが舞っていく。

 そして、遂にはシン・アヴィスの機能すらも停止させ、中に居るジェルマを引っ張り出す。


「馬鹿なァアアアアアッ!?」

「夏と言ったらやっぱりィィィッ!?」


 セオドシアは、蒼い炎を纏わせた拳を唸らせ、空高く打ち上げる。


「───『コレ』だろ」


 そう言って見上げる朔の空には、青い蝶と焔による

 ……──花火が光っていた。

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