朔の向こう側へ

光を求めて、彷徨え魂。
星のお米のおたんこなす
星のお米のおたんこなす

7本目『潜みし牙を持つ者』《前編》

公開日時: 2022年11月24日(木) 16:00
更新日時: 2022年11月25日(金) 08:29
文字数:4,252

 セネリス連合王国。

 アイウス、グテルム、デフィデレ、アルドロフィトの四つの国によって形成される物的同君連合の国であり、国王と議会の仲は悪くないものの、議会の発言力が強い傾向が見られる国でもある。

 三人が向かうアイウスでは議員が亡くなり、現在アイウスの議員席を巡って、ヴォゴンディ家とムグラリス家は争いの準備を着々と進めている段階であった。


「いつ本格的に争いになるか分からんからな、出来れば近付かないでおきたい所ではあるのだが……他所の国に行くにも、そこを通らねばならないからな……」


 パジェットは仕方ない、と溜息混じりそう説明してくれる。


「争いって……議員ってそんなに重要なの?」

「議員って名前だけど、その実質は一国の主だからねぇ……にしても、こんな世界になっても権力争いとは、人間ってのは適応力あるよね〜」


 デクスターの言葉に、セオドシアは呆れたような口調で皮肉を飛ばす。

 地図を持ち、この辺りの地理に詳しいというパジェットに従い、一行はアイウスへと向かっていた。

 砂漠越え、山道に入り暫く歩くと、やがて前方に巨大な壁が見えてきた。

 高さはおよそ十メートル程だろうか。その向こうに港らしきものが見える。


「あそこから旅客船に乗って行けばアイウスに辿り着ける。乗船出来るか聞いてくるから、少しここで待っていてくれ」


 そう言い残し、パジェットは門番の方へと歩いて行く。

 門の前には船を待っているであろう人達が、ぞろぞろと集まっていて、デクスターは初めて見る大勢の人間に面を喰らっていた。


「うわぁ……こんなに人が集まってる所、僕初めて見たよ……」

「そうかい、それじゃあ慣れなきゃな。これからもっと大勢の人のいる所に行くのだからね」


 そんな、セオドシアの何気無い一言に、デクスターは胸を踊らせる。

 この旅を初めてから命の危機ばかり感じていたが、やっと憧れの旅の形に近付けた様な気がして、出発を待ち遠しく思う気持ちが強くなっていた。

 しばらくすると、パジェットが二人の元へと戻ってくる。


「馬は後で別の船に乗せなくてはならないが、三人分は取れた。荷物の申請はしておいたからあそこで目薬を点しておけ」

「目薬? なんで?」


 デクスターがそう聞くと、パジェットには「行けばわかる」とだけ言われ、門に押し込まれる。


「一体なんだって言うんだ……あっ、そう言えばセオドシアのケースの中身、見られてもいいの……?」


 前に一度、セオドシアのケースの中身をデクスターは見た事があり、その時見た時にはケースは底無しの深淵であり、不審極まりない代物である事は間違い無かった。そんな彼の心配を他所に、セオドシアは自信満々な表情をしている。


「ヒッヒッヒッ……このケースはただ収納が便利というだけでは無いのだよ……まぁ、見ていたまえ」


 セオドシアは門番の前に行き、ケースを開く。

 すると、どう言うわけか中に広がっているのは深淵ではなく、普通の旅行鞄に入っている様な衣服だとかの諸々が入っていた。


「ふむ……通ってよし。向こうで目薬を点してから入国して下さい」

「はいは〜い、お勤めご苦労様でーす」


 ほら言っただろう? と言いたげなドヤ顔とウィンクをセオドシアはデクスターに向ける。思えば、セオドシアは自分と出会う前から旅をしているのだから、こういった場面は自分よりも慣れっこなのだろう……


「いや、慣れてたら地図持ってるか……」


 セオドシアに続きデクスターも荷物検査を終えると、パジェットの言う通り目薬を点される。


「あの……これって何の意味が……」

「ん? そのまま中に入っては目をやられてしまうので……これはその予防です」


 予防? 目をやられる? 意味がわからなかったが、門番に促され、デクスターは恐る恐る、港に向かう為に壁の内側へと入っていく……。


「……わぁ〜!? スゴ〜イッ!!」


 淡い紫の光に一瞬眩むと、デクスターの目の前に広がっていたのは透き通る程に青い空と青い海であった。

 初めて感じる強い日差しに、肌が少しチリチリという痛みさえも、デクスターの胸を震わせるには十分だった。


「先の目薬は環境に適応出来るよう魔術の施された特別性で……擬似太陽の空を見るのは初めてだと思ってちょっとしたサプライズのつもりなのだが、どうだろうか?」

「最高だよパジェットさん! ありがとう!!」


 デクスターは煌めく太陽に負けないくらいの笑顔を見せると、パジェットもその頬を緩め、優しい表情になる。


「でも、外からは暗く見えたのにどうして?」

「結界が貼ってあって無駄に霊力を使わないように、それと月住人に灯りによって集めない様にするための二つの役割を担っているんだ」


 パジェットの説明に感心していると、旅客船の上からセオドシアの声が聞こえる。


「先生〜!! その話長くなりそうですか〜? そんないつでも出来そうな話するくらいならさっさと乗りましょうよ〜!!」

「……全く、こちらの空気を察して貰いたいものだな……」

「アハハ……まぁ、セオドシアの言う通り、さっさと船に乗ろうか。大きい船も初めてだし」


 こうして、三人はアイウス行きの船に乗り込み、出発するのであった。


 ◆◆◆


 船内はデクスター達以外にも勿論居て、デクスターはこんなに大勢乗っているのに沈まず、常に高速で海面を駆ける船に目を丸くしていた。パジェットが言うには、『もぉたぁ』だとか『すくりゅう』だとかを使い、高速の移動を可能にしているらしいが、それを聞いてもデクスターにはまるでピンとこなかった。とはいえ、知らなかった知識を獲得し、少し成長出来た気になれたのが、とても喜ばしかった。


「まさか船に乗れる日が来るなんてなぁ〜……こんなに大勢の人と一緒の空間にいるのだって初めてだしなんか落ち着かないや……セオドシアは……あれ? いない? どこ行ったんだ?」


 横を振り返ると、そこにセオドシアの姿は無く、見渡してみると、船尾の方で何やら棒を振っているのが見えた。


「……何やってるの? セオドシア」

「釣りだよ。見てわからないかい?」

「釣りって……多分だけど、この船そういう事する場所じゃないよね? しかもこんなに速く動いてるのに食い付く魚なんているのかなぁ?」

「チッチッチッ、わかってないなぁ、このスピードで動く釣り餌に掛かる魚だよ? 余程強靭な骨をしているに違いないだろう? 私は常に最高クラスの品質を求めるのだよ」


 そういうものだろうか? いや、そういうものじゃないな。

 デクスターは世間を知っているわけではなかったが、セオドシアの行動が世間一般常識から逸脱してる事くらいはわかった。


「余った肉は君にくれてやろう!」


 そう言って、セオドシアは釣れるのが確定している様な調子で意気揚々と釣りに勤しんでいると、パジェットの言っていた『すくりゅう』の渦に釣竿が巻き込まれてしまう。


「「あっ」」


 そのまま引っ張られると釣竿はセオドシアの手を離れ、そのまま『すくりゅう』に吸い込まれる。元々ボロい釣竿だった事もあって、絡まったりとかはせず、バラバラに砕け散るだけに済んだのは不幸中の幸いだった。


「こんな……こんなはずじゃ……畜生ォ持って行かれた…………!!」

「ほら言わんこっちゃない……」

「畜生……返せよ、たった一本の釣竿なんだよ……退魔師の身長だってくれてやる、だから!! 返せよ!! たった一本の釣竿なんだよ!!」

「……なんだか知らないけれど、パジェットさん以外にも凄く敵を作った気がするのだけれど……」


 このまま相手にしていても疲れるだけなので、デクスターはパジェットの元へと向かう。彼女はセオドシアと違って、乗客用の椅子に座りながら読書に勤しんでいた。


「……平和だ……」

「……? どうかしたのか? まぁ、大方あの死霊術師絡みだろうが……丁度いい、ここに座りなさい。君には色々と聞きたい事があるんだ」

「僕に? いいけど……」


 パジェットに促され、デクスターは彼女の隣に座る。

 デクスターは彼女の年齢は知り得ないが、隣に座る彼女の座高は自分よりも少し小さく見えた。


「……すまない、やっぱり一席分空けてくれないかい? 君にそのつもりは無いのは知っているが、何故か小馬鹿にされた気分になるんだ」

「え? あっ……そう? そう言うなら……(気にしてるんだ……背が小さいの……)」


 言われた通り席を一席分空け、気を取り直して話をすることになった。


「死霊術師……セオドシア・リーテッドの旅の目的は何だ?」

「目的? 朔の向こう側……本物の太陽の光をもたらすとかなんとか……」

「光を? 何故?」

「何故って言われても……なんかウザいって……」

「馬鹿にしているのか? 隠しても為にならないぞ」


 悪事を働いた子供に詰め寄る親のような口調でデクスターにパジェットは詰め寄る。


「ほ、ほんとだよ……セオドシアがそう言ってたんだ」


 デクスターがそう言うと、パジェットは尚更怪訝そうな顔をする。


「……たった数日間一緒に過ごしただけの人間の言葉を信じるのか?彼女の過去もよく知らないのにか?」

「え? それは……考えたことなかったな……」


 デクスターにとって彼女は自分の命と父の尊厳を守ってくれた恩人であり、確かに性格はいいとは言えない人物ではあるが、悪人ではない……

 いや、思いたくないと言うのが正直な所だった。


「僕は……」


 デクスターが正直に思う所を言おうとすると、突然獣が角を打ちつけているような底知れない重さがある音が響いた。


「何!? この音!」

「……どうやら質疑応答はまた今度になりそうだ」


 パジェットは本を置き、立ち上がり、音のした方へと向かう。


「僕も行く!!」

「いや、君は死霊術師を探せ、役に立つかもしれないからな」


 デクスターにそう命令し、音のした船底室の方へと向かうと穴が開いているようで、海水がドンドンと侵入してくる。

 パジェットは茨を張り巡らせると、板の様にしてそれを塞いだ。


「よし……取り敢えずの応急処置は済ませて……」


 パジェットはそう言いながら自身の背後に向かって後ろ蹴りを喰らわせる。


「グギャアアアッ!!」


 そこには船客の一人であろう男性が立っており、パジェットに蹴飛ばされると、その姿を異形に歪ませ、『蹂躙せし者ホワイプス』としての正体をあらわにする。


「お前が穴を開けたのか? ……いや、お前達ホワイプスにそんな脳味噌は無いな……リーダー格はどこだ?」


 そう問い掛けた所で、ホワイプスは唸るのみであり、パジェットのトドメの一撃によって強制的に黙らせられる。

 すると、奥の方から潜伏していたホワイプス達がぞろぞろと湧いて出てくる。


「一匹見たらなんとやら……か、その魂、主の命により返して貰う」

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