朔の向こう側へ

光を求めて、彷徨え魂。
星のお米のおたんこなす
星のお米のおたんこなす

3本目『罪を裁く者』《前編》

公開日時: 2022年11月20日(日) 16:00
文字数:3,068

 セオドシア・リーテッド。

 自らを生と死を超える者──死霊術師である彼女にデクスター・コクソンは自身の命と、愛する父の尊厳を救われ、共に旅をするようになった。

 最初は、物語に出て来る英雄のような大冒険を期待し、心おどらせていたのだが、その理想とは異なる旅に、暗黒で鋭い不平を感じていた。

 ……──他ならぬ、彼女のせいで。


「疲れた〜……ああ疲れた〜……もう休みたい〜……」

「…………」

「ねぇ聞いてる!? つ〜か〜れ〜たぁ〜!! もう休もうよぉ〜!!」

「あぁ〜もう!! うるさいなぁ!! 僕まで余計に疲れることになるんだからやめてよね!!」


 デクスターは頭を項垂うなだれながら文句を垂れ続けるセオドシアに嫌気が差し、爆発するように叱りつける。

 旅をする前にも、デクスターは彼女の性格を一人旅に向いていないと評価したが、こうして一緒に旅をし、よりそれを身に染みて実感した。

 エゴイストでサディスト。他人に対する思いやりなど皆無に等しい彼女は、自分の欲望のままに行動する大きな子供そのものだった。またかなり雑な面もあり、旅をする為の地図はあるのかと聞くと。


「別に場所が目的じゃないからいらないだろう?」


 と正気じゃない台詞まで飛び出す始末。

 そりゃあ怪物を拷問するなんてまともじゃない発想出るよな。とデクスターは彼女に対する悪態を心に中にぐっと押し留める。

 そんなセオドシアであるが、旅をして振り回されるうちに、デクスターはふとした疑問を抱き始めていた。

 それは、彼女がどうしてこんな旅をしているのか? ということだった。

 確かに死霊術師のセオドシアなら、この危険な旅路も普通の人間よりかは幾分マシに渡ることが出来るだろう。しかし、出来ることが旅の理由にはならない。

 世間をまるで知らないデクスターだが、死霊術師であるなら死者の軍勢に働かせ、自分は研究に勤しむのが定石なのは父からなんとなく聞いたのを覚えていた。実際ただの歩くだけで文句を垂れるセオドシアも、そういう選択をするタイプに見える。

 それなのに何故、彼女は月住人ムーン=ビーストの跋扈するこの世界を旅することに決めたのか? その答えを知りたくて、デクスターはセオドシアに問いかけた。


「ねぇ、セオドシア」

「はぁ……はぁ……なん……だい……?」

「なんでセオドシアは、こんな危険な旅を続けてるのさ?」

「はぁ……そんなの……決まっているだろう……?」


 セオドシアはそう言うと立ち止まり、空に浮かぶ朔《さく》を指差した。


「あの……はぁ……沈まぬ月を……ふぅ……引きり降ろして……本物の太陽の光を我々に齎《もたら》すことさ!!」


 セオドシアは、疲労に息を荒くしながらも、大事な部分はしっかりと宣言してみせる。デクスターはその言葉を聞いて、更に疑問符を頭に浮かべる。


「なんか、色々言いたいことはあるけれど、意外な理由だな……セオドシアって、太陽大嫌いのインドアに見えるから……」

「別に嫌いじゃないよ、好きでもないけど……」

「好きでも嫌いでもないのに、太陽を取り戻したいの?」

「好き嫌いは重要ではないという意味さ、あの月は『自分はこんな事ができるんだぜ? スゲェだろ』って感じがビシバシ伝わってきてウザいからねぇ……だから即刻消えて貰いたいのさ」


 そんな理由で成し遂げられるものなのか?そう思いながらも、デクスターは心のどこかで、そんな彼女だからこそ、本当にやってのけてしまうのではないかという、謎の期待感がほんの数日の間に芽生えていた。


「まぁ、セオドシアがそれでいいなら、僕は構わないけどね……」

「じゃあ、喋ったことだし、私は先に休ん──……」

「それとこれとは話が違うよ?」


 二人は、新月の光が反射し、白い湖のように輝く砂漠を歩いていた。

 まだ食料に余裕があるとは言え、また野宿となることだけはなんとしても避けたかったのだが、見渡す限りの砂が、そんな希望を打ち砕く。


「今日も野宿か……」


 デクスターがそう呟いた、その時だった。

 地鳴りのような足音が、連続して二人の遠い背後から聞こえてくる。

 二人が振り返り、音の正体を認識すると、サァーッと恐怖で顔が蒼ざめる。


「おい……おいおいおいおいおい!?」

「ボサッとするんじゃない!! 走れ走れ走れぇーッ!!」


 後ろから、砂埃を巻き上げながら、『蹂躙せし者ホワイプス』の群れが迫って来ていた。


「アレって前にお父さんに乗り移ってたヤツか!? なんであんなにいるんだよ!?」

「ホワイプスは知能も低くく、力も弱いが、その性欲の高さからかなりの繁殖能力を……」

「そう言うのいいから結論は!?」

「弱いくせに馬鹿みたいに多い!!」


 二人は身体を斜めにして、全力で逃走する。しかし人間が月住人の脚力に勝てるわけもなく、徐々にその距離を縮められていく。


「ヤバいヤバいヤバい!? こんなの絶対に追いつかれるって!?」

「落ち着け馬鹿者ォォォッ!! こんな時はぁぁぁ……コレッ!!」


 セオドシアは逃げながら、動物の骨を削って作ったナイフで自分の手を切り付け、ツギハギだらけの革製アタッシュケースの中に手を突っ込むと──中から鞍《くら》を付けた二頭の骸骨馬が飛び出してくる。


「おぉ!? スゲェ!?」

「当然!! それより早く乗るんだ!!」


 骸骨馬に乗り、近づかれた分の距離を取り戻すように加速させる。


「やった! 離れてるぞ!!」


「いや……こんなの時間が経てば追いつかれる……使いたくなかったが……来いッ!! 『葬れぬ者ギガゴダ』ッ!!」


 セオドシアは、更に血液を消費し、ギガゴダの右腕を操る。

 右腕がハエを払うような動作をすると、青白い怨念の炎が拡散され、ホワイプスの行先の障害と化した。


「グギャアアアッ!!」


 先頭を走っていたホワイプス達から悲鳴が上がり、後続のホワイプス達は炎を恐れ、近付けずにいた。


「おお!? やったなセオドシ……おい!? どうした!? 気分が悪いのか!?」


 デクスターがセオドシアの方に声を掛けると、傷口の辺りからみるみる内に黄色く変色していくのを目撃する。


「ぐっ……あの、炎は、私の血液を……媒介ばいかいとしている……だから……」


 よく見ると、怨念の炎が燃える分だけ、セオドシアの傷口から血液が抜けていくのが見えた。


「セオドシア!? クソッ……!!」


 二人は骸骨馬を走らせ、ホワイプスから遠ざかっていき、最終的には追っ手を撒くことに成功する。


「やった……って、うわぁッ!?」


 デクスターが安堵した瞬間、骸骨達が崩れ、アタッシュケースの中へと戻っていく。


「も、もう……ダメ……だ……」


 血を抜き過ぎてしまったセオドシアは、骨を回収し終わると、そのまま砂漠のど真ん中で気絶してしまう。


「おいセオドシア!? しっかりしろ! セオドシア!! ……クソッ!! どうすれば……」


 デクスターは、セオドシアを抱き抱えたまま、途方に暮れていると、灯りが一つ、段々と近付いて来ることに気付いた。


「ホワイプス!? ……い、いや、灯りは一つだけだ……もしセオドシアの炎が燃え移ったにしても、青白くなくてはおかしい……あれは本物の火だ!」


 やがてその全体像を確認出来る程まで灯りは近付き、それが馬に乗った少年であるとわかった。並んで確かめたわけでは無いが、背丈はデクスターと同じくらい小柄、淡い金髪にエメラルドグリーンの瞳を持ち、肩上げした修道服に身を包んでいた。

 突如現れた謎の修道服の人物は、二人を睨みつけ、口を開く。


「お前達……こんな所でしているんだ?」

「あ、あなたは……一体……」


 デクスターがそんな質問をすると、修道服の人物は眉をキュッと寄せると。


「ボクは退魔師……聖なる名の下に、罪を裁く者だ」


 そう自らを称して、厳しい視線をデクスターに向けた。

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