一方その頃、デクスターの方はと言うと、パジェットに言われた通りにセオドシアを探していたのだが、一向にその姿を発見出来ずにいた。
「もぉ〜! どこ行っちゃったんだよ肝心な時に〜!!」
文句を垂れながら走って探していると、何かに足を滑らせ、転倒してしまう。
「痛ったぁ〜……何だ? 海水の……水溜り……?」
デクスターが通った所を見ると、そこにはここが海の上とは言え、あまりにも不自然な水溜りがそこにはあった。
「これは、一体……」
立ち上がって確かめようとすると足を上げると、どろりと靴底から何かが伸びているのに気付いた。
「何だこれ……粘液?」
よく見ると、粘液を含む海水の水溜りはデクスターの靴底以外にも続いており、少しずつ、視線をずらして行くと、それは海へと続いている様だった。
「まさか……嘘だろ!?」
デクスターは慌てて走り出す。
「セオドシア!? どこだ!? 返事を……」
海面に向かってそう叫ぶと、そこには彼女の履いていた靴がプカプカと浮かんでいた。
「なっ……何ィィィッ!?」
デクスターが驚愕の声を上げると、その靴を何者かが飲み込む。
しばしの水あぶくの後、その異形が姿を現す。
頭部は左右に張り出してその先端に目と鼻腔があり、シュモクザメの様ではあるが、決定的な差異はその頭部から下が人間の体で出来ており、その肌は瘡蓋の様にザラザラとした鮫肌で出来ていた。
「鮫の月住人!? セオドシアは引き摺り込まれたのかッ!?」
鮫の月住人は驚愕するデクスターを他所に、水中から腕を振り上げ、水圧の斬撃で穴を開いていく。
「なっ……やめろッ!!」
デクスターはそれを阻止する為に弓を構えて矢を射る。
しかし、矢は水中に着水するとその威力が弱まり、まるで意味のないものとなる。
「クソッ!! これじゃあダメだ……もっと威力のあるものじゃないと……」
パジェットが戻ってこない所を見るに、そちらでも問題が発生したようだ。
そうでなくても船体の修復の為に残ってもらわなければならないので、どの道助けは期待できそうにない。どうしたものか考えあぐねいていると、この船の船員達がデクスターに駆け寄ってくる。
「君! ここは危ない! すぐに船内に……」
「月住人だ!! もっと威力のあるものは!?」
「何ッ!? ……だったらこっちにもいいもんがあるぜッ!!」
そう言って船員達が持ってきたのは対月住人様に設計された銛の発射台だった。
「使ったことはあるの!?」
「無いッ!! 今まで一度も襲われた事がないんでなッ!!」
船員の一人が鮫の月住人に狙いを付け、銛を放つ。
しかし月住人のスピードはそれを上回り、簡単に避けられてしまう。
「クソッ! 駄目です船長! 速すぎます!!」
「チィッ……練習はサボるもんじゃねぇな……」
「……僕にやらせて!」
苦戦する船員達に、デクスターはそう提案する。
「なっ……坊主何言ってんだ!? 俺たちですら扱えないってのに子供のお前が……」
「いや、やらせてやれ」
船員達がデクスターの提案を否定する中、船長だけは一人、その提案に賭ける。
「なっ……正気ですか船長ッ!?」
「テメェらだって当てられてねぇじゃねぇか馬鹿野郎!! ……それに、この坊主のさっきの弓……一度しか見てなかったが、腕はある様だぜ……」
「……ありがとう……任せて!」
デクスターは船長の許しを得て、銛の砲台を構える。
ゆっくりと塩辛い空気を吸い込み、一気に吐きながら照準を月住人に合わせる。そして引き金を引く……その時、月住人は背鰭を揺らしながら船体に体当たりをする。
「うわぁっ!?」
その振動で倒れそうになるデクスターを船員達が支える。
「やっこさん、本能で坊主を怖がってるようだぜ!!」
「一発あの気味の悪いド頭に突き刺してやんなッ!!」
「……うん!!」
デクスターは再び呼吸を整え、照準を向ける。
体当たりによって船が嵐に見舞われた様に荒れるが、支えのお陰で、狙いも、心も、凪の様に穏やかになる。
「……ここだッ!!」
次の体当たりの瞬間に合わせ、銛を放つ。
銛は、離れすぎた両目の内の右目に突き刺さり、その鮮血を飛び散らせる。
「「よっしゃああああッ!!」」
「……ギャアアアアアスッ!!」
デクスター達が肩を組んで命中を喜ぶと、鮫の月住人は水圧の斬撃をやたらめったら撃ちまくる。
「火事場の馬鹿力かぁ!? 坊主伏せろッ!!」
デクスターは船員達に守られるようにして、甲板にその身を伏せる。
「……あれ?」
しかし、いつまで経っても訪れる筈の衝撃は訪れず。どころか水飛沫の音すら聞こえなくなっていた。顔を上げ、確認してみると、鮫の月住人は青白い炎に照らされる固い骨格によって拘束され、その体を動かせず、苦痛に悶えていた。
「オギィィァァァッ!!」
「この能力は……セオドシアッ!?」
「──全く、海中で服を着替え直すなんて初の試み、中々に骨が折れたよ?」
声のした方を見ると、海面に立ち、意地の悪そうな笑みを口元に浮かべていた。
「何だあの嬢ちゃん……海の上を立ってんぞ!?」
「奇跡の技だ……!!」
そんな船員達の反応耳に入り、セオドシアは満足気な様子で更に口角を上げる。
「う〜む!! その反応実に良し! ……実際の正体は教えないでおこうか……」
セオドシアがそう言いながら足元を見ると、そこには鮫の月住人を拘束しているのと同じ固い骨格……『珊瑚礁』によって足場が作られていた。
「流石擬似とはいえ太陽の下にある海は違うね、豊富な生命の数だけ死骸も沢山あったよ……特に、珊瑚は私と相性抜群だ」
珊瑚は刺胞動物門に属する動物であり、発達した固い骨格が特徴である。
セオドシアはこれによって海に引き摺り込まれた後、傷付いた傷口から漏れ出た血液で操り、自身を囲ってエアースポットを作り出し、ちゃっかり濡れた服を着替えた後に浮上してきたのである。
「さて、『潜みし牙を持つ者』よ……さっき振りだけれど君とはもうお別れの時間だ」
「グッ……ガァァァァッ!!」
セオドシアにファリスと呼ばれた月住人は、暴れて抵抗しようとするが、珊瑚は更に侵食し、怨念の炎によって苦痛を強めるだけだった。
「───なんだ、もう行くのか? ならこれも土産に持ってけ」
そんな言葉が聞こえたかと思えば、赤黒い茨が伸びてファリスに倒したホワイプス達を括り付けていく。
「パジェットさん! 良かった無事だったんだ!!」
「愚問だ、あの程度ものの数ではない……しかしアイツらに邪魔され穴の修復に手間取っていてな、そしたらそっちの方で片付けてくれた様なので、こうして仕上げに参加しに来た」
「フッ……それじゃあ、冥土の土産も渡した事だし……私から最期にこんなプレゼントを送ろう…………窒息死だ」
そう言うと、珊瑚礁はファリス達を地獄からの亡霊の様に、深海に深く深く……更に深くへと沈んでいく。
「それじゃあ、夜明けの世界でまた会おう」
沈みゆくファリスにそう言って笑うセオドシアの目が、その時デクスターには偶蹄目に見られる悪魔の様な目に見えた。
◆◆◆
「ん〜……少し怪我はしてけど、ひと泳ぎした後は気持ちいいね〜……」
「全く……お前がもう少し早く浮上していればもっと早く済んだのであってだな……」
港に着くなり口喧嘩を始める二人を、デクスターはよく飽きないなと思いつつ眺めていると、背後から先程の船員達が話しかける。
「おう坊主! さっきは助かったぜ!!」
「いい感してるよなぁ〜……旅人にしとくにゃ勿体ないぜ〜……」
「馬鹿野郎、テメェらこれから旅立つ友に後ろ髪引かれる様な言葉掛けんじゃねぇ!! ったく…………またいつでも遊びに来いよ、そん時ゃ俺達も練習しとくからよ」
「!!……うん! 行ってきます!!」
旅先で出会った友からの激励に、デクスターは元気に別れを告げる。
「ここが……僕にとって初めて訪れる国……!!」
「あぁ、行こう!」
こうして、三人はアイウスに辿り着いた。
この国で、彼らにとって初めての苦難が待ち構えているのだが……。
この時はただ、新たな出会いに期待を寄せるだけだった。
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