一方、セオドシアが影から抜け出したのと同時刻。クラヴィスは破壊活動をピタリと止める。
「何だ……?」
「油断するなデクスター、何か様子が変だ……」
すると次の瞬間、クラヴィスは羽を羽ばたかせ、衝撃波を生み出すと、砂埃を伴ってデクスターを吹き飛ばす。
「うわぁっ!?」
「デクスター!!」
パジェットが何とか受け止め事なきを得るが、その間にクラヴィスは巻き上がった砂埃で出来た影の中に潜り、逃走を許してしまう。
「しまった!? 僕のせいで……!?」
「よせ、深追いする必要は無い……それにしても、あの様子……セオドシアの方で何かあったか?兎に角、一旦戻って……」
彼女がそう呟くと、路地裏から何者かが近付いてくるのを察知する。
敵襲かと思い身構えるが、白いローブがチラリと見えて、セオドシアである事がわかった。
「セオドシア!!よかった、無事───」
路地裏から完全にその姿を露にすると、デクスターの表情は安堵から驚愕のものへと変わる。よく見ると、セオドシアは葡萄酒を頭から被った様に出血しており、白いローブを上から下へ滾々と流れる血で染めていた。
「ッ!? セオドシア、それッ……!!」
「ごめん、ドジ踏んじゃっ……た……」
彼女はそう言って左右に二足三足蹌踉めくと、
滴る血の重みに倒れるかのようにばったりと地に倒れ、意識を手放してしまうのだった……。
◆◆◆
「いや〜!! やっちゃったよね!!」
「『やっちゃったよね』じゃあないよ!! あんなに血を出して……心配したじゃあないか!?」
セオドシアが倒れた後、二人は彼女を教会まで運び、シスターの手も借りて治療することで、大事には至らなかったが、傷が開かない様に現在はベッドで安静にしている状態だった。
「お前がこれ程までにこっ酷くやられるとはな……あのクラヴィスの仕業か?」
「は? んなわけなくない? 余裕勝ちだよ」
「じゃあ、なんでそんな怪我を?」
「だから、ドジっちゃったからだよ?」
「「「……?」」」
どうも会話が噛み合わず、デクスターとパジェットには疑問だけがぷつぷつと湧いて出る。その後も何度も質問を繰り返すが、彼女の返答はどれもハッキリとしなかったり、意味不明だったりして二進も三進もいかなかった。
次第にパジェットはそんな彼女の様子に苛立ちを募り始め、つい怒声を上げる。
「貴様ァッ!! わざとやっているんじゃあるまいなッ!?」
「な、なんだよう!? こっちは怪我人だってのに乱暴するのかい!? キャーッ!! 男の人ーッ!!」
相手がどんな状態であっても、この二人は抑えるという事を知らないらしい。
セオドシアの叫び声を聞いて、扉を開けて駆け付けたのは男の人……ではなく、シスター・セリシアだった。
「まぁまぁ、どうしたのです? そんなに騒いで……傷口が開いてしまいますよ?」
「シスター……!? ……申し訳ありません……しかし、コイツが中々事情を話さないので……」
「あれだけの怪我ですもの、まだ混乱しているのだわ。結果を急いてしまうのはアナタの悪い癖よ、パジェット」
(おお……あのパジェットさんが黙って叱られてる……凄い……)
シスターは彼女にとって文字通り頭の上がらない存在なのだろう。珍しいものが見れたと感心しながら、セオドシアの方を見ると、シスターから見えない角度からこめかみに親指を当てながら、目と舌と残りの指をうねうねと動かし、小馬鹿にしていた。
(そんなんだから嫌われてるって言うのに……)
デクスターは呆れながら、例のクラヴィスについて話を戻す事にした。
「あの影に入る能力、どうすればいいのかな……」
「擬似太陽があるとはいえ、この国にも夜は訪れる……そうすれば影は幾分かは減るだろう?」
「それでも街灯とかはあるからねぇ、まぁ、それは退魔師の例の茨でフォローに当たるとして……あぁ、でも暗闇の中じゃ、退魔師はいつも以上に役に立たなくなるしぃ……私もこの通り動けないわけだしぃ〜……」
そう言いながら、その場に居る全員の視線が、一人に対して向けられる。
「───またぁッ!?」
「仕方ないな、頑張ってくれ、デクスター」
「うん、よろ〜」
驚愕するデクスターを他人事の様に……実際他人事と思っているのだろう、そんな適当な激励の言葉を投げかける。
「クソ〜……なんで僕ばっかりこんな……」
「まぁまぁそう言うなって、それにまるっきり一人ってわけじゃあない、助っ人も送ってやるよ」
「助っ人……?」
「超強力な……ね」
怪我をして動けずにいる癖に、完全犯罪を思い付いた完全犯罪者の様に不敵な笑みを浮かべる彼女のその言葉に、デクスターは不安を感じずにはいられなかった。
◆◆◆
アイウスの街にて、デクスター達を襲った禿鷹の月住人、クラヴィスは、擬似太陽の光の消えた闇夜の空の下、屋根の上で次の獲物を選んでいた。
「…………?」
ふとクラヴィスは違和感を感じた。
それが何かは分からない。ただ、緊張感だけが、ひしひしと伝わってくる。
次の瞬間、クラヴィスが感じた気配が消える。
だが、
「見つけたぞ!!」
クラヴィスの背後に現れたデクスターが大声を上げる。
クラヴィスは即座に振り返り、デクスターに襲いかかるが、デクスターはその攻撃を避け、距離を取る。
「あっぶね!? 声掛けなきゃよかった……」
「グルルルァァァ……」
唸り声を上げながら、クラヴィスは浮上し、得意の頭突きを仕掛ける。
「やっぱり来た……!!」
しかし、それは先の戦いで織り込み済みである。デクスターは自分の足元……屋根の下に潜む『助っ人』に目をやり、その名を叫ぶ。
「来てッ!! 『三位一体の者』!!」
その叫び声によって、屋根のを突き破り、クラヴィスの首を掴む。
「グエッ……!?」
出て来たのは、セオドシアの死霊術の証である青白い炎に奇妙な模様の付いた骸骨だった。その身体はファリスの胴体、ホワイプスの脚、クラヴィスの羽根を持つ合成獣の姿で出来ていた。
「おぉ……凄い……!!」
「……ガァッ!!」
クラヴィスは腕を振り解き、飛んで逃げようとする。スリペクトゥムは、ファリスに備わっていた刃でアキレス腱に突き刺し、そのまま屋根に押し潰す。
「グッ……グアアアッ!?」
クラヴィスは、街灯の灯りによって生まれた影の中に沈み、拘束から逃れようとするが、その光が突然無くなり、影も何もあったものじゃない暗闇に包まれる。
「どれ、見えないが……間に合ったか?」
そこには、街にある街灯を全て茨で覆い隠し終えたパジェットの姿があった。
「流石です!! パジェットさん!!」
この暗闇の中では、動ける者は限られる。
この場に於いては、朔の下、人を狩る存在である月住人と、その朔の世界で同じく狩る者として生きた、デクスターのみ……なのだが、
(クソ!? なんで見えない!? 光に慣れ過ぎたのか……!?)
デクスターの目は、擬似太陽の下に晒された事で、目が元に戻るまでに時間が掛かってしまう。
すると、骨が崩される音が闇に響く。
(ッ!? セオドシアのキメラがやられたのか!? 血が足りなかったか……)
デクスターは、徐々に戻る視界で、弓に矢を携える。
(落ち着け……慌てたら、何も見えなくなる……)
デクスターは、昔、父から言われた言葉を思い出す。
落ち着くんだ、焦りは、見える筈のものを見えなくし、獲物に漬け込まれる隙になる……そんな、父の言葉を思い出し、深呼吸をする。
目がダメなら、耳で探せ。
デクスターは、音を頼りに、矢を放つ。
放たれた矢は、風切り音を鳴らしながら、何かに刺さる。
「ギャアアアアアッ!?」
(当たった!! けど仕留めたわけじゃない!!)
再び矢を携えようとするが、その一瞬の隙にクラヴィスは頭突きが飛んでくる。
「チィッ!?」
デクスターは体を右に傾け、避けるが、左肩にもろに受けてしまう。
「がぁッ!? この轢き逃げ野郎……肩が……!!」
「デクスター!? 大丈夫か!? 何があった!?」
これでもう矢は射れない……しかし、
「大丈夫!! ただ肩が外れただけだし、それに……お陰でハッキリと見れるようになったぞ……畜生!! かかって来い!!」
追い込まれ、目も戻り、腹も据わった。
やる事は変わらない、あの月住人に、この矢を突き刺す。
その覚悟を持って、無事な右腕で矢を握りしめ、次の襲撃に備える。
そして……
「ガァッ!!」
クラヴィスは暗闇からデクスター目掛け、その頭突きを浴びせようと飛び掛かる。
デクスターは、その頭突きに向かって走り、あともう少しで衝突という所で、屋根の上に身体を滑り込ませる。
「ウオォォォォッ!!」
そして、握りしめたその矢を、クラヴィスの眼球に矢に突き刺す。
「グギャアアアアアッ!?」
「ま……だ……!!」
それだけでは終わらせない、デクスターは飛び去ろうとするクラヴィスに脚を絡めてしがみつき、矢を更に深く突き刺す。
クラヴィスは苦悶の叫びを上げながら、飛ぶ力も失い、そのまま別の建物の窓に突っ込む。
「今の音……デクスター!?」
パジェットは茨を緩め、街灯の光を漏らし、何が起こったかを確認する。
「……やはり、勇者だな、お前は……」
そこには、クラヴィスを倒し、Vサインを掲げるデクスターの姿があった。
「えへへ……けど、やっぱり痛いや……」
デクスターの身を挺した行動により、クラヴィスは倒され、この日は皆無事に朝を迎える事が出来たのだった……。
◆◆◆
翌朝、デクスターの肩は脱臼で済んでいた様で、シスターの治療によって多少違和感はあるものの、問題なく動く事が出来た。
「……だからって、買い出し行かせるか普通……絶対セオドシアもう動けるだろ……」
セオドシアは、あの後も怪我人なのをいい事に、今まで以上に我儘な注文をし続け、
「デクスター君のスープじゃなきゃや〜だ〜!!」
と、年齢を問いただしたくなる様な癇癪を起こされ、渋々材料を知っているデクスターがお使いをする事になった。
「全く……セオドシアの奴覚えてろよ……」
そう言いながら、自分の買ったものとシスターから貰った財布の中を確認する。得意料理である野菜スープの材料自体は揃っているが、まだ中身に余裕があった。
「……何か精の付くものでも入れてあげるか……」
一応、怪我人だし。そう思って、デクスターは精肉屋にまで足を運ぼうとすると、後ろから何かにぶつかる。
「うわっ!?」
「おっとごめんよ〜!! 子供は急に止まれないんでね〜!!」
ぶつかって来たのは自分より少し歳の低そうな子供だったようで、謝りながらどこか急いだ様子で走っていた。
「いてて……何だよ……あれ? あっ!? 財布が無い!? ちょちょちょっま、待ってよ!!」
デクスターは、あの子供が財布を盗んだと気付き、人混みの中を逃げて行く子供を追いかける。子供は、ドブ鼠の様にすばしっこく、簡単には捕らえられなかった。
「待ってよ!! そのお金はスープの為に必要なんだ!!」
子供は、そんなデクスターの叫びもどこ吹く風で、路地裏の方へと入っていく。デクスターも追いかけ、路地裏の奥へと入っていく。
どうやらそこは行き止まりになっている様で、追い詰める事に成功する。
「……ハァ……ハァ……ようやく追い詰めたぞ……さぁ返せ! 早く!」
息を切らしながら、デクスターが子供を睨むと、子供はニヤリと笑い、口を開く。
「ばーか、お前が追い詰められたんだよ」
その言葉の後すぐ、デクスターの後頭部に強い衝撃が走る。
「ガッ!? セオ……ド……シ……」
そのまま意識が遠のき、デクスターの意識は深い深い闇の底へと消えていく。
「──悪いな、これも全て母さんの為だ」
消え行く意識の中、そんな言葉が、最後に聞こえた気がした……。
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