朝から、張替がおかしい。
いつもなら何をしなくても話しかけても来るのに、今日は全く話しかけて来ない。
僕が話しかけても挙動不審だし、そもそも避けられている気がする。
教室の机に座って勉強するも、全く集中出来ない。
ちらりと友達と話している張替を見る。
目が合った。
逸らされた。
「はぁ……」
何なんだ一体。
そんな事を繰り返していると、誰かに話しかけれた。
「よ、奏雨」
誰だろうと見上げると、そこには二人の男子がいた。
体格がよく、髪を金髪に染めている古木蓮也と、大人しそうなのが風間陽向だ。
こいつらとは一年の時からの付き合いで、こうしてたまに話す程度の関係性だ。
「ああ、古木、風間」
古木がどかっと僕の前の席に座る。
「お前、なんか急に有名になっちまったよな」
「確かに、友達いない仲間かと思ってたのに」
「さらっとディスってないか?」
「皆、知りたがってるぜ。なんで張替とそんなに仲良くなったのか」
「ま、僕達も気になるよねー」
「別に、ちょっと話すようになったってだけだ」
「ハグまでしたのに?」
「……聞き間違いだろ」
「いや、皆しっかりと聞いたけど」
風間がいやいやと手を振って否定する。
「とにかく、僕と張替はそんな関係じゃない」
少し声を大きめにして言う。聞き耳を立てていた者に聞こえただろう。
その時、レインが飛んできた。
『放課後、空き教室に集合』
張替を見ると、慌てて顔を逸らされた。
しっかりと、古木と風間は僕のことを見ている。
「……」
「そんな関係じゃない、ねぇ……」
そんな僕を見て、風間と古木は呆れたようにため息をついた。
★★★
張替に呼び出されるまま空き教室へ行くと、有無を言わさずきがえさせられ、その後椅子に座らされた。
「これでよし。もう目開けていいよ」
化粧道具を直す音が聞こえる。
目を開けると、いつもの如く自分とは到底思えない美少女がそこにいた。
自分の女装を見て違和感が湧いてこなくなったのは、もしかすると重症かもしれない。
「なんで急に女装なんだ?」
「ちょっと確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?」
「もう確かめたから気にしないで」
張替が明るく手を振って否定する。
あれ? もとに戻ってる?
何故かは分からないが、雰囲気はいつもの張替に戻っていた。
「よし、今日は一緒に帰ろ!」
「え?」
「大丈夫バレないから」
「家族にはバレるだろ!」
一昨日、ショッピングモールから帰る時、着替えも無いからそのまま女装で帰ったんだぞ!
あの姉と妹の「私たちは受け入れるからね」と言わんばかりの優しい目が忘れられない。
「じゃ、駅まで。駅までならいいでしょ?」
「……分かった。でも本当に駅で着替えるからな」
「やったー! じゃあ早く帰ろ帰ろ〜」
荷物を持って空き教室を出ると、一緒に下駄箱まで歩く。途中、何人かとすれ違ったが、特に男だとバレることもなく学校を出れた。
「めっちゃ好み」とか「かわいい」とか言われてたのは多分張替ことだ。
校門から出ると、張替がいきなり腕に抱きついてきた。
「えへへ〜、ハルの手は柔らかいね」
「ちょ、なんでそんなにくっつくんだよ」
隣を歩いている張替が、僕のすっと手を滑り込ませてきた。そして指をぎゅっと絡ませる。
いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
そして何度も僕を見て笑顔で手をにぎにぎと握ってくる。
僕が張替を見ると、張替はにこりと笑い返してくる。
やっぱり、いつもと違うような……?
駅の近くまで来たとき、
「あっ!」
張替が叫んだ。
「ごめん! レッスンで飲む水持ってくるの忘れてた!」
「ああ、そこのコンビニで買ってくれば?」
「行ってくる!」
張替がコンビニから帰って来るのを外で待っていると、男性が大きな声で話しているのが聞こえてきた
顔を上げて周りを見ると、男二人と僕と同じ学校の女生徒が一緒にいるのを発見した。
大きな声はその二人組が発しているようだ。
女の子の方は困ったような表情で受け答えをしている。
どうやらナンパか何かに絡まれているらしい。
「なんか最近よくナンパと会うな……」
しょうがない。ちょっと行くか。
男二人と女の子に向かって歩いていく。
近づいて行くと、話している内容が聞こえてきた。
「ね、今からちょっとだけだから」
「こっちが全部奢るし」
やっぱりナンパのようだ。
「はいちょっとすみません」
割って入っていってくと、絡まている彼女の腕を掴み、引っ張って連れて行く。
「ごめんね待たせちゃって」
「は、はい……?」
よし、彼女は困惑しているが話を合わせてくれている。
このままあっちまで──
その時、ナンパ男の一人に腕を掴まれた。
「いやいや、ちょっと待ってよ」
「こっちが誘ってたんだけど?」
「誘われてたの?」
彼女に聞く。
「私は嫌って言ってたんですけど……」
「って言ってるけど?」
そう言うと、ナンパ男たちは怒声を上げた。
「なっ、ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」
僕はその怒声に怯えることも無く、ナンパ男を一瞥して落ち着いてスマホを取り出した。
「あ、もしもし警察ですか」
「ちっ、行くぞ!」
警察を呼ぶと、彼らは脱兎の如く逃げ出す。
その背中が見えなくなるまでしっかりと確認してから、スマホをポケットにしまった。
本当に警察にかけたわけじゃない。
ただのブラフだ。
「あれ、どうしたの?」
その時張替もコンビニから出てくる。
戻って来ると何故か女の子を連れている僕を見て困惑しているようだ。
「さっきそこでナンパに絡まれててさ」
「なるほどね。あなたは大丈夫だった?」
張替が聞くと女の子はを揺らして元気よく答えた。
「はい、助けてくれてありがとうございます!」
「えっと、それじゃあ──」
彼女が黒髪のポニーテールを揺らしてずいっと前のめりに聞いてきた。
「先輩方、お名前聞いてもいいですか!」
な、名前。
なんて答えよう。本名だと男だってバレるし。
「張替恋羽です」
「か、奏雨遥子です……」
考えた末、出たのは偽名を名乗ることだった。
「え?」
張替が声を上げるが脇腹を肘でとん、とつついて黙らせる。
「奏雨先輩ですか! 私は魚形未空です! よろしくお願いします!」
「よろしく……」
彼女は僕の名前(偽名)を聞いて嬉しそうにそう言った。
「駅まで一緒してもいいですか!」
「え、いや──」
そんな事になったら僕が着替えれなく……。
魚形のきらきらとした瞳。
断ることは出来なかった。
結局僕は女装姿のまま家まで帰り、また姉と妹の優しい目に晒されることになったのだった。
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